【たねまきコラム】UPOVータネの独占を世界的に進める仕組み

UPOV条約問題
 植物の新品種の権利を制限する「UPOV(ユポフ)条約」。この条約は育成者の権利を保護する一方、国連の決議や条約との整合性がとれておらず、農民の権利を強く制限しています。
今回のたねまきコラムでは、日本消費者連盟 国際委員会の廣内かおりさんに、UPOVについて解説していただきました。農民の権利をめぐる世界の動きを知ることから、日本の今とこれからを見つめることができます。ぜひ、このUPOV問題を知ってください。そこから広がる視野は、未来を守る大きな力になるはずです。

【UPOVータネの独占を世界的に進める仕組み】

廣内かおり(日本消費者連盟 国際委員会)

UPOVユポフって何?

スーパーに並ぶ野菜やコメ、小麦のほとんどが品種改良されているということは、多くの方が知っていることでしょう。今では人工的に突然変異を起こしたり、遺伝子組み換えやゲノム編集のように直接、遺伝子を操作する、という方法も出てきましたが、その土台となっているのは、ずっと昔から人々が良いものを選抜したり、交配して改良しながらつないできたタネや、自然環境に適応して生き抜いてきたタネです。今も、世界中の多くの人々が収穫物からよいタネを採取し、そのタネを地域の人々や時には遠くの人々と交換し、売買して、タネを共有し、生活の糧としたり、食料を確保したりしています¹

今回のトピック、UPOVは品種改良をした人がそのタネを独占できる権利(育成者権)を強化するための国際的な仕組みのことです。「ユポフ」や「ウポフ」と呼ばれ、UPOV条約(植物の新品種の保護に関する条約 ²)を締結した国が加盟国になります。「一生懸命、品種改良をしたのだから、その恩恵があって当然だよね」と思うかもしれません。しかし、問題は、いまや「育成者権」の範囲が広がり、私たちの食や、農業に従事する人々の生活、そして生物多様性を脅かすほど強力になろうとしていることにあります。このUPOVについて、これまでのセミナーの中で触れられなかったことを中心に下記にまとめました。UPOVそのものについて、もう少し知りたいという方への情報提供になれば幸いです。

UPOV体制とはどのように作られてきたか?

まず、UPOV条約の締結に至った経緯とその後の動きをざっと見てみます。品種改良をした人や企業(育種家)が、その植物を独占することによって経済的に利益を得る仕組みを作ろうとする動きは20世紀初頭から本格的に始まりました³ 。産業革命を経て、工業分野で特許の制度化が進んだ頃です。第二次世界大戦による小休止の後、育種家の業界団体である国際育種家協会(ASSINSEL)等を中心に、欧州政府に対して育成者権保護の制度づくりへの要求が高まります。当初は、1883年に成立していた「工業所有権の保護に関するパリ条約」のなかで取り扱うことが模索されましたが、この案は頓挫。育種家の権利を別に定めるため、フランスを中心とした欧州のごく限られた国の政府と業界団体の協議の末に、1961年にUPOV(植物新品種保護国際同盟)が結成されました。1968年に4カ国(デンマーク、ドイツ、イギリス、オランダ)の加盟で発効し、1971年にフランスとスウェーデン、1981年に米国が加盟します。日本は1982年に加盟し、当時アジアからの唯一の加盟国となりました。その後も加盟国の数は横ばいで推移し、条約締結から30年近くが過ぎた1990年の時点でも、加盟国はわずか20カ国でした

この状況が動きだすのが1990年代です。1980年代から、欧米諸国を中心に先進国はあらゆる分野で知的財産権強化をはかってきました。その結果、1994年のWTO(世界貿易機関)設立合意、TRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)締結に至ります。TRIPS協定では、第27条に植物の品種の保護に関する条文が入りましたが 、UPOVの加盟は不要で「各国は独自の方法で育成者の権利を保護する」という表現にとどまりました。TRIPS協定におけるUPOV加盟の義務化は多くの国の反対によって阻止されたのです。

一方、UPOVでは1988年から育成者の権利を強化しようと改定案が議論され、1991年に合意、1998年に発効しました。日本はこの改訂版UPOV91を、発効と同時の1998年に批准しました。折しも、1996年に米国とカナダで遺伝子組み換え作物の本格栽培が始まり、日本では1999年に国家バイオテクノロジー戦略が打ち出されました

UPOVの加盟国数は2024年2月現在で77カ国と2つの地域連合の合計79カ国/地域です。このうち17カ国(うち11カ国は中南米の国)は1991年に育成者権が強化される前のUPOV78(1978年に締結)にとどまり、UPOV91には入っていません。UPOV91に加盟しているのは、全世界で62カ国/地域で、国連加盟国数193カ国と比べると約3分の1です。特に2000年代以降は、地域や二国間の自由貿易協定のなかにUPOV91への加盟が盛り込まれ、南の国々への加盟圧力が強まっています。日本政府はCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定)におけるUPOV加盟の義務化を主張し、2007年から「東アジア植物品種保護フォーラム」を主導して、すでにUPOVに加盟しているシンガポールとベトナムを除く東南アジア諸国に、UPOV加盟を推し進めています。

UPOVの概要

UPOVが欧州で種苗を取り扱う業界団体の強力な後押しで締結された後も、構成国は欧米の先進国が中心でした。UPOV91を策定するための議論が行われた1980年代後半の加盟国はわずか20カ国で、途上国からの参加は南アフリカのみでした。その南アフリカも、アパルトヘイト政権下で参加していたことになります。つまり、現在運用されているUPOV91は欧州を中心とした先進国の意向をくみ取るために作られた取り決めだといえます。

現在のUPOV体制の最高意思決定機関はUPOV理事会で、その下にUPOV評議会、管理法律委員会、そして技術的問題を協議するための複数の部会が設置されています。非加盟国と業界団体などの関連団体がオブザーバーとして理事会に参加することはできますが、国連の「エンゲージメントグループ」のように、市民社会を含むさまざまな関係者が公式に関与する仕組みはありません。
UPOVの概要

UPOVの問題とは?

UPOV91条約の内容、UPOVのあり方については、さまざまな問題が指摘されています。
・強化される育成者権
UPOV条約は1972年、1978年、1991年に大幅な改定が行われその度に育成者権が強化されてきました。例えば、対象とすべき植物の範囲は、UPOV78では24種以上とだけされていましたが、UPOV91では「すべての植物」になりました。花などを対象にして、基本的な食料は育成者権保護からはずすということが、UPOV91ではできなくなりました。効力が及ぶ最低期間は15年から20年に延長され、特許などほかの知的財産との併用も、78年版では不可でしたが、91年版から可能になりました。また新たに「本質的に由来する植物」も保護されるようになりました。登録品種を使って新しい品種を作った場合、元の登録品種に許諾料を払わなければならないというものです。

現在、UPOVは最新版のUPOV91にしか入ることはできませんが、その前のUPOV78に加盟していた国は、UPOV91に切り替えることなく、UPOVに加盟し続けることができます。ノルウェー政府はUPOV91への加盟で農民の権利(タネを採取し、利用し、交換し、販売し、増殖する権利)が侵害されるとして、UPOV78にとどまることを決めました。CPTPPの批准でUPOV91への加盟が必要になったニュージーランドは「先住民のマオリの人々の権利を守るため」としてUPOV78にとどまることになっています。コロンビアでは先住民の権利が侵害される可能性があるとして、UPOV91の施行は認められないと裁判所が判決を出しました。育成者権が強化されたUPOV91は先住民の権利や農民の権利の保護と相いれないと判断する国が出てきています。

・国内法への関与
UPOVに加盟するためには、国内の植物の品種保護に関する法律(日本の場合は「種苗法」ですが、多くの国では「植物品種保護法」やそれに近い名称がつけられています)を、UPOV91にあわせて整備する必要があります。国内法は加盟前にUPOV理事会が審査し、UPOV条約と整合しない場合は、修正が要求されます。WTOや生物多様性条約などの国際的取り決めでも国内法の整備は必要ですが、加盟する前に国内法が審査され、「添削」されるのはUPOV以外にありません。

・条文の柔軟性が認められない
各国の実情や人々が直面すると予測される困難に対処するために国内法に盛り込まれた内容が一切認められず、条文の柔軟性がないことに批判の声があがっています。

例えばマレーシアの植物品種保護法(日本でいう種苗法)では、災害や紛争などの緊急事態における例外として育成者権保護の一時停止を認めていますが、この条項の削除が求められました。環境や人々の暮らしに悪影響を与えるタネの登録は認めないとする条文や、新品種の親株の系統を開示しなければならない(これは生物多様性条約の名古屋議定書「遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の公平かつ衡平な配分」に必要)とする条文、小規模農民は合理的な量のタネを農民の間で交換してもよい、とする条文もすべて「削除」するよう求められました¹⁰

こうしたUPOVの要求は、各国で独自の育成者権の保護を定めればよいとするWTOのTRIPS協定よりも厳しいものになっています。インドでは、植物品種保護に関する法律で育成者権を保護しつつ、小規模農民についてはタネの権利を守る条項を定めています。インドはWTOには加盟していますが、UPOVには入っていません¹¹

・先行して加盟した国と後から加盟する国の公平性の欠如
すでにUPOV91に加盟している国々の国内法はどうなっているのでしょうか? 実はUPOV91に整合しているか否か、国内法の審査が行われるようになったのはあとから加盟した国に限られているため、二重基準が生まれています。例えば、スイスは1977年にUPOVに加盟した初期加盟国の1つですが、国内法において、マレーシアが削除を要求された緊急事態における育成者権の一時停止を定めていますし、いくつかの作物について農民が自家採取し、増殖することを認めています¹²

アイスランド、スイス、ノルウェー、リヒテンシュタインから構成されるEFTA(欧州自由貿易連合)は、自由貿易協定のなかで途上国を中心とした相手国にUPOV91への加盟を求めました。しかし、EFTAを構成する4カ国のうち、スイスは上述のようにUPOV91に必ずしも準拠しない国内法を運用しています。ノルウェーはUPOV91への加盟を拒否し、リヒテンシュタインについてはUPOVの加盟国ですらありません。それにも関わらず、自由貿易協定のなかでEFTAがUPOV91の規程を要求していることについて、農民グループや市民団体からも抗議の声があがりました¹³

タネは食料の権利であり人権

最後にもっとも大事な原則を確認しておく必要があります。1980年代から1990年代にかけて知的財産権とその1つとしての育成者権の強化がはかられていく一方で、農民や先住民の権利の重要性も再認識されていきました。

その1つが、2001年に世界食糧機関(FAO)で採択された食料・農業遺伝資源条約¹⁴です。日本も2013年に批准したこの条約では、農民の権利として、自家採取する権利や、食料農業にかかわる遺伝資源の保全や利用に関する意思決定に参画する権利を明記しています。また、2018年に採択された国連の小農宣言¹⁵でも、農民によるタネの利用、交換などの権利のほか、「…種子政策、植物品種保護、その他の知的財産法、認証制度、種子販売法を、小農と農村で働く人びとの権利、ニーズ、現実を尊重し、それらを踏まえたものにする」¹⁶と明記されました。1992年に締結された生物多様性条約は、遺伝資源は地域社会に属するものであり、その利益は衡平に分配されなければならないとする考え方を示しました。タネをつないできた先人たちへの感謝と敬意、それを次の世代に渡す人々の権利を守ることに多くの国々が賛同しました¹⁷

今、UPOVや、アジアでUPOVを推進するプラットフォーム「東アジア植物品種保護フォーラム」では、新品種の登録システムの国際的な統一と監視システムの強化が進められています。日本政府はこのUPOV体制をアジア諸国に浸透させるための旗振り役です。行きすぎた育成者権の保護は、誰もが食料を手に入れる権利や生物多様性を脅かします。海外のたくさんの仲間たちとともに、日本からできることを一緒に探っていきましょう。

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1. 『Status of seed legislation and policies in the Asia-Pacific region』(FAO 2020)
2. 特許庁ウェブサイト『植物の新品種の保護に関する国際条約』(日本語)
3. 『植物遺伝資源を巡る新たな国際状況における品種保護制度の課題とわが国の今後の対応方向に関する考察』(大川雅央ほか/熱帯農業研究 5(2) 104-110, 2012)
4. 現在の加盟状況と各国の加盟年はUPOVのウェブサイトを参照:https://www.upov.int/edocs/pubdocs/en/upov_pub_423.pdf
5. TRIPS協定27条(3)(b) 「…ただし、加盟国は、特許若しくは効果的な特別の制度又はこれらの組合せによって植物の品種の保護を定める。」
6. 日本では種苗法の全部改正が行われ、1998年に公布されました。(『種苗法の沿革と知的財産保護』小林正、レファレンス、2005年8月号)
7. 『農と食の戦後史―敗戦からポスト・コロナまで』(大野和興、天笠啓介/緑風出版2020年)
8. 『Searching for flexibility-Why parties to the 1978 Act of the UPOV Convention have not acceded to the 1991 Act』(Karine Peschard, APBREBES 2021)
9. 『Examination of the conformity of the Protection of New Plant Varieties Act 2004 of Malaysia with the 1991 Act of the UPOV Convention』(C(EXTR.)/22 February 2, 2005)
10. 『The Potential Impact of UPOV 1991 on the Malaysian Seed Sector, Farmers and Their Practices』(NurFitri Amir Muhammad, APBREBES, Third World Network 2023)
11. 『Developing country sui generis options- India’s sui generis system of plant variety protection』(QUONO Briefing Paper, January 2014)
12. 『The UPOV accession process: Preventing appropriate PVP laws for new members』(Nirmalya Syam and others, South Center, APBREBES 2023)
13. 『Sign-on letter – to the relevant ministries from Norway, Liechtenstein and Switzerland
Switzerland, Norway, Liechtenstein: Please, stop double standards! Stop demanding stronger plant variety protection laws from developing countries than you implement yourselves』(2020年6月23日)
14. 正式名称は『食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約』
15. 『United Nations Declaration on the Rights of Peasants and Other People Working in Rural Areas』(原文)
16.『小農と農村で働く人びとの権利に関する国連宣言』(日本語訳)
17.2023年12月1日時点で、151カ国/地域が食料・農業植物遺伝資源条約を締結。生物多様性条約は196カ国が締結(2024年3月時点でのCBDウェブサイトより)、小農宣言は賛成119、棄権49、反対7カ国で採択。
 ◆学習会の動画を公開しました!

《オンライン学習会:「日本のタネの未来を考える〜種苗法改正の背後にあるUPOV(ユポフ)の実態〜」 》
2024年2月13日に開催された学習会では、2023年10月にマレーシアで開催されたUPOV問題に関する国際会議「植物品種の保護、農民の権利、種子部門の発展に関する東南アジア地域ワークショップ」に日本から参加したメンバーが、この会議の報告とともに、そこから見えてきた日本の種苗法の問題点などをわかりやすく解説しました。

こちらもぜひ、ご視聴くださいね!

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