重イオンビーム放射線育種による「あきたこまちR」に関して、よくある質問に対する回答をまとめました。
- 放射線育種って何?
- 放射線育種は長い歴史があり、世界各地で行われてきたと聞いたけれども、本当?
- 放射線育種は自然のプロセスを加速させるだけだと聞いたけど本当?
- 「あきたこまちR」は放射線育種ではないと聞いたけど本当?
- 「あきたこまちR」は遺伝子組み換えなの?
- 「あきたこまちR」は自然と同じで、安全というけど本当?
- 「あきたこまちR」は特許がかかっていて、自家採種禁止って本当?
- 秋田県だけの問題なの?
- 「あきたこまちR」や「コシヒカリ環1号」はなぜ作られたの?
- 秋田県はどうして「あきたこまち」を「あきたこまちR」に全量転換しようとしているの?
- もし「あきたこまちR」を栽培して収穫が激減したら誰が責任を取るの?
- 秋田県は従来の「あきたこまち」を栽培してもいいと言っているのだからいいのでは?
- 「あきたこまち」が好きで食べ続けたいのだけど、「あきたこまちR」と区別するためにはどうしたらいいの?
- 有機認証された「あきたこまち」であれば安心できるでしょ?
1. 放射線育種って何? 目次に戻る
「育種」とは品種改良を意味します。植物に放射線を当てて突然変異させることで、それまでにない新品種を作るというのが放射線育種です。
放射線育種品種は放射線照射食品とは異なります。放射線照射食品とはたとえば収穫したジャガイモに放射線を当てて、芽が出ないようにしたり、発酵食品に放射線を当てて発酵を止めたりするものです。
2. 放射線育種は長い歴史があり、世界各地で行われてきたと聞いたけれども、本当? 目次に戻る
放射線育種にもさまざまな種類があります。ガンマ線を使った放射線育種はその利用は世界で終わっており、一方、今回使われた重イオンビーム放射線育種は実績も乏しく、世界に広がってもいません。
ガンマ線による放射線育種は戦後まもなく「原子力技術の平和利用」の名の下で世界各地で進められました。もっとも核技術の中核にあった米国では放射線育種は軍による実験に留まり、本格的な品種改良には使われてきませんでした。世界でもっとも放射線育種を行ったのは中国、日本、インドの順となっています。しかし、この技術は施設維持に資金がかかるわりに効率が低く、世界におけるガンマ線放射線育種場は姿を消しています。日本でも2022年度に施設が閉鎖されました。つまりガンマ線放射線育種はすでに利用が終わった技術と言えます。
今回、「あきたこまちR」の親である「コシヒカリ環1号」の育種に使われたのはこのガンマ線による放射線育種ではなく、重イオンビーム放射線育種による放射線育種です。重イオンビームとはガンマ線と異なり、加速器を使って一点にビーム状に粒子を当てる技術です。重イオンビーム放射線育種の実施国はきわめて限られており、国際原子力機関(IAEA)のデータによると中国と日本のみです(この他にマレーシアとバングラデシュがありますが、どちらも日本で行ったものと考えられます)。IAEAのデータでは中国による最後の重イオンビーム放射線育種品種は1998年となっており、現在では日本だけでしか行われておらず、また日本でも実績はまだ限られており、品種改良に広く使われた実績は存在しません。
日本政府は、重イオンビーム放射線育種をアジア各国に拡げようとしていますが、効果を上げているとはいえず、世界に広がっていないのが現実です。
3. 放射線育種は自然のプロセスを加速させるだけだと聞いたけど本当? 目次に戻る
近年、進化のプロセスに関する研究は大きく進みました。以前は自然放射線を受けて、遺伝子が突然変異することが進化の原因のように考えられた時代もありますが、実際には自然放射線による遺伝子の変異はほとんどが修復されていることがわかっています。実際の進化のメカニズムはもっと精妙で、環境への適応などのために生命自身が遺伝子の発現を調整する経験がエピジェネティックな遺伝として蓄積されていくこととも関連があることがわかってきました。自然界に存在しないはるかに強い放射線を当てる放射線育種はむしろその進化のメカニズムを損なう可能性も指摘されています。
また、宇宙の中には重粒子線は存在しうると考えられますが、加速器を使って作り出すような重イオンビームは地球の自然界の中には存在しないので、重イオンビームによる育種が自然界でも起きるというのは根拠が乏しいと言わざるをえません。
4. 「あきたこまちR」は放射線育種ではないと聞いたけど本当? 目次に戻る
「あきたこまちR」は重イオンビーム放射線育種によって作られた「コシヒカリ環1号」と「あきたこまち」を交配して作られた品種(後代交配種)ですが、重イオンビーム放射線によって破壊した遺伝子(OsNramp5)が入っているものだけを選択したものです。この遺伝子が入っている点において、「コシヒカリ環1号」と「あきたこまちR」は同等品です。
もし、「あきたこまちR」は放射線育種ではない、と呼ぶならば、たとえば遺伝子組み換えされた大豆を親に交配して作られた大豆は遺伝子組み換えではない、ということになってしまいます。しかし、遺伝子組み換えで導入された遺伝子が入っていれば、その遺伝子の同じ形質を受け継ぐ遺伝子組み換え品種の系列であることは疑いの余地がありません。それを遺伝子組み換えではない、というのはごまかしになってしまいます。
「あきたこまちR」は「コシヒカリ環1号」での重イオンビーム放射線育種による特徴を引き継いだものですので、重イオンビーム放射線育種品種として扱う必要があります。
5. 「あきたこまちR」は遺伝子組み換えなの? 目次に戻る
遺伝子組み換えと呼ばれるものには外来の遺伝子を挿入して新たな品種を作る第一世代の遺伝子組み換えと、外来の生命の遺伝子(RNA)に由来するものを挿入して、遺伝子を操作する第二世代の遺伝子組み換えである「ゲノム編集」があります。「あきたこまちR」の元となった「コシヒカリ環1号」で使われた方法はこの2つの方法とは異なる重イオンビーム放射線育種です。
ですので、「あきたこまちR」や「コシヒカリ環1号」は遺伝子組み換えとは違います。重イオンビーム放射線によって稲の中の遺伝子(OsNramp5)の一部の塩基が欠損しています。これはゲノム編集が特定の遺伝子を破壊することと同様のことが行われているため、遺伝子が変えられた品種という点で、ゲノム編集食品と同様にその安全性をしっかり調査する必要があります。
6. 「あきたこまちR」は自然と同じで、安全というけど本当? 目次に戻る
重イオンビーム放射線育種によって作られた食品が安全であるかどうか、という実証はされていません。重イオンビーム放射線育種は自然と同じで安全だ、という言い分は以下のような三段論法からなります。
- 自然の中でも遺伝子が欠損する植物が生まれることがある。
- 「あきたこまちR」や「コシヒカリ環1号」は重イオンビームによって遺伝子を欠損させた品種だ
- だから、自然な品種も「あきたこまちR」なども同じく遺伝子を欠損しているだけなので、同じと見なせる。自然と同じように安全に違いない…。
しかし、重イオンビーム放射線育種による遺伝子破壊と自然界の中における遺伝子の欠損とはメカニズムが大きく異なり、同じと見なすことはできません。ですので、自然界に存在しない重イオンビーム放射線を使った影響が自然界で起きることと見なすこともできず、自然の中と同じとは断定できません。そのため、実験なしに安全と見なすことはできません。
それに加え、「あきたこまちR」や「コシヒカリ環1号」は遺伝子の一部が壊されているため、マンガンを吸う能力が3分の1未満になってしまっていることがわかっています。マンガンは稲の成長にとって、不可欠な必須ミネラルで、それが不足している水田で栽培した場合は、ごま葉枯れ病という菌病にかかりやすくなります。そのため農薬の使用が増えることが予想されます。
また、マンガンが低い水田で、特に出穂期の高温が続くと収穫が大幅に激減してしまう可能性があります。そのような品種に全量転換することは食料不足にもつながりかねません。
マンガンはヒトやさまざまな生命にとっても不可欠なミネラルですが、過剰摂取すれば毒性となります。マンガン不足が気になるとして、マンガンを水田に過剰に入れてしまえば、環境にも悪影響を与えることが懸念されます。
7. 「あきたこまちR」は特許がかかっていて、自家採種禁止って本当? 目次に戻る
元の「あきたこまち」は自由に自家採種できる稲ですが、「あきたこまちR」や「コシヒカリ環1号」は農研機構が特許を有しており、栽培するには特許料を払うことが必要であり、自家採種することは不可とされています。
8. 秋田県だけの問題なの? 目次に戻る
いいえ、農水省は2018年に低カドミウム吸収米を今後の日本の主要な品種にする指針を作っており、すでに「コシヒカリ環1号」を親とする202系統もの品種開発が全国で進んでいます。秋田県だけでなく、九州や西日本を含めて、東北から九州までがその対象となっています。農水省は2025年までに3割の地方自治体がこの指針を受け入れることを目標に予算を組んで、進めています。
また「あきたこまち」は全国31府県で生産されており、秋田県に種籾を依頼している地方では2025年から「あきたこまちR」の栽培が同時に始まると考えられます。
「あきたこまち」は日本を代表する品種であり、全国のスーパーで売られており、学校給食にも使われています。ですので、この問題は全国の人が関心を持つことが望まれます。
9. 「あきたこまちR」や「コシヒカリ環1号」はなぜ作られたの? 目次に戻る
鉱山・鉱山跡地や工場跡地から排出されたカドミウムによる土壌汚染が日本各地に極地的に存在しており、「コシヒカリ環1号」は、その汚染地でカドミウムを吸いにくい品種として開発されました。カドミウムを0.4ppm以上含むカドミウム汚染米は、地方自治体によって買い上げが行われており、汚染米は市場には出ていないとされています。汚染米の割合は天候によって大きく左右されますが、全国で数パーセント程度と考えられます。
農地の土壌汚染をなくしていくことが根本的に重要ですが、カドミウム低吸収性の稲の導入によって、土壌に汚染があっても大丈夫、ということになってしまいかねません。化学肥料や土壌改良剤、下水汚泥肥料などにもカドミウムは含まれており、それらを使って農業を進めれば、農地のカドミウム汚染はむしろ悪化する可能性があります。またカドミウムの摂取経路で、お米は4割を占めるに過ぎず、汚染をなくさない限り、他の経路から人体が汚染されてしまう可能性があります。
ですので、汚染させない、汚染を下げるという総合的な政策が不可欠で、お米に含まれなければいい、というのは短絡的な考えと言わざるをえません。
小手先の技術ではなく、地域から汚染をなくす政策と施策が必要ですが、残念ながらそれは示されていません。
10. 秋田県はどうして「あきたこまち」を「あきたこまちR」に全量転換しようとしているの? 目次に戻る
秋田県ではカドミウム汚染地域だけ「あきたこまちR」を作ったら、それが汚染地域のお米として認識されてしまうので、風評被害によって売れなくなる。また逆に、従来の「あきたこまち」が「あきたこまちR」といっしょにあると、それは「あきたこまちR」よりもカドミウムが高いと誤解されて、どちらも風評被害を受ける可能性があるので、すべて「あきたこまちR」にすると言っています。
しかし、同じ理屈で言うなら、秋田県だけで「コシヒカリ環1号」系品種である「あきたこまちR」を栽培するということは秋田県のお米に対する風評被害を不可避にしてしまうわけで、他の府県ではまだ生産していない時点で秋田県が全量転換してしまうというのはあまりに拙速だと言えるでしょう。
また秋田県では今後の重点品種である「サキホコレ」など県が提供する他の品種もすべて「コシヒカリ環1号」との交配を進め、100%カドミウム低吸収性の米に変えることを計画しています。
実際には、カドミウム汚染地域は限られており、まったく必要もない地域に「あきたこまちR」などの重イオンビーム放射線育種米を押しつけることになります。
11. もし「あきたこまちR」を栽培して収穫が激減したら誰が責任を取るの? 目次に戻る
「コシヒカリ環1号」や「あきたこまちR」でカドミウムを吸収する遺伝子OsNramp5を破壊した品種はマンガン吸収能力が落ちるため、マンガンが低い水田で出穂期に高温が続くと、収穫が激減する可能性が指摘されています。マンガンは光合成に不可欠なミネラルで、その不足は成長にも大きな影響を与える可能性があります。
しかし、農水省は、マンガンを補う必要があることについては、すでに栽培マニュアルで注意喚起しているとのことで、収穫が激減したら、それは農家のやり方に問題があるということで、農家の自己責任であるとして、責任を取ることはないと言っています。
そのマニュアルで、農水省はマンガン不足の水田にはマンガンを足す必要があると指摘していますが、自分のどの水田にどれだけマンガンが含まれているか、農家に知る手段が確保されているでしょうか? マンガン肥料を施す費用は県が負担してくれるでしょうか? 本来ならば不要な負担が増えた上に、「あきたこまちR」に転換したがゆえに収穫減になったとしたら、すので、「コシヒカリ環1号」を開発した農研機構や農水省、あるいは「あきたこまちR」を開発した秋田県が責任を取るべきではないでしょうか?
12. 秋田県は従来の「あきたこまち」を栽培してもいいと言っているのだからいいのでは? 目次に戻る
秋田県は従来の「あきたこまち」の種籾は2025年以降は提供しないと言っています。ですが、農家が独自に他県から種籾を確保したり、「あきたこまち」は自家採種できる稲なので、自家採種したりすることで種籾を確保すれば従来の「あきたこまち」は栽培できるとしています。
しかし、これまで種籾をJAなどから入手していた農家にとっては種籾の確保がとても難しくなります。値段が上がったり、多くの手間がかかります。そして、種籾が確保できたとしても、問題は終わりません。収穫して、集荷・出荷を委託しているJAや業者が「あきたこまちR」しか受け付けない可能性が高いのです。つまり育てることができても、「あきたこまち」として売る方法を確保することができなければ意味がなくなってしまいます。
生産者が自分で産直ルートまで持っている農家でもない限り、従来の「あきたこまち」を生産することは大変な困難さがあると言えます。
公的事業として行われている種籾の生産において、このような不利益を農家に与えることは妥当ではありません。これまで通り、流通経路も確保できるように県の責任で関係業者に呼びかけるべきであり、それもせずに、農家は栽培しようと思えば、栽培できるのだから県の対応は問題ない、というのは県が地方自治体として果たすべき役割を放棄しているといわざるをえません。従来通りの「あきたこまち」の種籾の提供を含め、秋田県は従来の「あきたこまち」の農家支援を再開することが必要です。
13. 「あきたこまち」が好きで食べ続けたいのだけど、「あきたこまちR」と区別するためにはどうしたらいいの? 目次に戻る
秋田県によると、「あきたこまちR」はお店では「あきたこまち」としてしか表示しなくていいとしています。つまり、スーパーなどでは消費者はそれが「あきたこまちR」なのか、「あきたこまち」なのか知る術がないことになります。
そこで、このような表示はおかしい、「あきたこまちR」か「あきたこまち」か消費者が見分けられるように是正させるよう消費者庁に要請しています。
秋田県においても、従来の「あきたこまち」の生産を続けようとしている農家の方がいます。直接、そうした農家と組んで、産直をすることも「あきたこまち」を守る上で重要な方法になっていくでしょう。
また、現状では重イオンビーム放射線育種米に表示義務がありません。他方、重イオンビーム放射線育種の米ではないと明記することは禁止されていません。たとえば、「これは従来のあきたこまちです(重イオンビーム放射線育種ではない)」という表示をして販売することは可能です。
流通業者の方たちとも協力して、地域のお米屋さんで、従来の「あきたこまち」であることをはっきりと明示して売れるようにできないか、模索しています。
14. 有機認証された「あきたこまち」であれば安心できるでしょ? 目次に戻る
いいえ。農水省は「あきたこまちR」でも有機認証できると断言しています。だから、来年以降、有機認証された「あきたこまち」を買っても「あきたこまちR」である可能性が否定できません。
なぜ農水省は重イオンビーム放射線育種で作った品種を有機認証できると断言するのかというと、整合性をとるべき有機認証の国際水準となっているコーデックス基準に重イオンビーム放射線して育種してはいけない、と書かれていないからです。しかし、そもそも重イオンビーム放射線育種をやっているのは日本くらい。世界で、そんなことをやっている国がないからコーデックス基準にも書かれていないのが現実ではないでしょうか?
コーデックス基準に書かれていないからといって、重イオンビーム放射線育種米を有機認証してしまったら、日本の有機認証への信用が落ちてしまうことが懸念されます。
有機農業は遺伝子組み換えなどの遺伝子操作や放射線の利用を基本的に認めない、自然な方法で作られた農畜産物に認められるべきものであり、農水省の解釈はあまりに有機食品を買う消費者の考えとは大きく食い違うものではないでしょうか? 有機認証とは有機を求める消費者と生産者が納得して初めて意味を持ちうるものです。
今後、重イオンビーム放射線育種品種の有機認証を消費者は認めないという声を上げていき、農水省に見解の変更を求める必要があります。