秋田県では今年2025年から、県が提供する種もみが従来品種の「あきたこまち」から新品種「あきたこまちR」への全面切替えが実施されました。5万ヘクタール超の水田で「あきたこまちR」の栽培が始まったと報道されています。9月早々にはスーパー等の店頭に「あきたこまちR」が並ぶことになります。
しかし、消費者が目にする米袋や広告・宣伝は、「あきたこまち」のままとのこと¹。「あきたこまちR」は、品種開発の過程で重イオンビーム(放射線の一種の粒子線)を使ってカドミウム(本来はマンガン)をイネに吸収しにくくしたという特異なイネ(米)の「コシヒカリ環1号」由来(後代種)のものです。
しかも、この品種の使用を農林水産省は「有機JAS」でも認めるとしているため、有機の「あきたこまち」だから大丈夫、ということにもなりません。本来、自然との共生を理念・原則にもつ有機農業での遺伝子改変した種子の使用はとうてい容認できるものではありません。
この問題について私たち「2025年「あきたこまちR」問題全国ネットワーク」は、 昨年(2024年)6月14日の院内集会では、「あきたこまちR」に係る表示問題で、消費者の権利侵害を未然に防ぐよう行政内部での調整を早急に行ってほしいとする要請書を提出(全国42団体が賛同)。9月30日の院内集会では、「わたしは、遺伝子を改変された『あきたこまちR』を食べたくありません」とする署名6134筆(2025年6月現在、8千筆超)を消費者庁と農林水産省に提出しています。
しかしながら、両省庁の対応に改善が見られないので、そこで今回(2025年6月17日)の院内集会を開くことにしました。今回は、表示と「有機JAS」の二つの問題にしぼって、国会議員3人(山田勝彦衆議院議員、川田龍平参議院議員、福島みずほ参議院議員)の臨席のもと、消費者庁、内閣府消費者委員会、及び農林水産省と質疑応答の意見交換をしました。会場・オンラインで約170名の参加がありました。参加されたみなさん、おつかれさまでした。
以下は、主な論点についての概要報告です。
1.消費者の「選ぶ権利」がこのままでは踏みにじられる
(1)景品表示法の積極的な運用で「未然防止」を要求
消費者基本法では「消費者の権利の尊重」にもとづく「消費者の自主的で合理的な選択の機会の確保」をはじめ、「広告その他の表示の適正化」、「規格の適正化」が高らかにうたわれています。そうしたことを受けて、消費者庁所轄の景品表示法には、食品表示法にも日本農林規格等に関する法律(JAS法)にも、わざわざ「景品表示法の適用を排除してはならない」との規定が設けられ、その強い立場が強調されています。
事前質問では、消費者庁に対し、こうした景品表示法を積極的に運用し、「あきたこまちR」について不当な表示になると考えられる問題に対して、関係行政庁と行政調整を行う必要を指摘し、そのためにどのような自主的な調査等の取組みを行ったのか、質問しました。事前質問と回答 (PDFファイル466KB)
書面回答は概ね前回までの繰り返しでしたが、質疑応答によって、いくつかの点では進展がみられました。
回答の要旨
- 「個別具体的な事案については、基本的には答えを差し控えている」、そして「本件については、まだ実際の表示が行われていない」、「表示全体(写真、イラスト、文言など)から、「消費者がどういう印象を受けるか、どういうふうに認識するかというところで判断をする」ので、今の段階では判断できない。
- 「広告と実際の間の違い、著しい優良性があるのかどうか、そういうことを調査して明らかにしていくもの。そうした中で、当然、所管省庁の考えは、一義的には尊重されるべきものと考えている。」
- 「あきたこまち」と「あきたこまちR」の違いについて、「農林水産省さんが同一の品種群とされているので、著しい相違と言えるのか、難しいというのが現時点での感想」である。
- 食品表示を担当する消費者庁と農水省との事前の行政調整²が必要なのではないか、「消費者庁として、いろいろ消費者被害はたくさんあるので、何らかの行政調整的なもので対応することができるのかということは、全体の中から判断していくとしか、申し上げられない」。
(2)「著しい相違」とは「社会一般に許容される限度を超えて」いること
こうした回答に対し市民側からは:
・「著しい乖離があるかどうか」については、例えば、消費者庁は「メニュー・料理等の食品表示に係る景品表示法上の考え方について」において、「著しく」とは、「当該表示の誇張の程度が、社会一般に許容される程度を超えて、一般消費者による商品・役務の選択に影響を与える場合をいう」(p.4)という文書も出している。表示から受ける消費者の印象や認識の間に差が生じていることを一般消費者が知っていたら買わなかった、要するに消費者が「それは違うでしょ」と言ったら、もうそれで「著しい相違」とされるというような話だと指摘しました。
これについて消費者庁は、「著しい相違」とは、「たしかに、『社会一般に許容される程度を超えて』いることとして運用している」と返事して確認しています。
(3)未然防止のための行政調整はできないのか
消費者庁が現時点で「実際の表示がなされていない」ので、実際の表示全体をみないと対応できないとした点については、すでに「品種群」として設定されていて、数ヶ月後には誤認を与える表示がなされる蓋然性が高いことを指摘しました。そして、「実際の広告を見てから」というのでは、それが出た時点で「消費者の権利が踏みにじられことになる」ことも指摘し、消費者庁の取組みが後手に回るおそれを追及しました。
また、「有機JAS」における重イオンビーム育種の容認に対しても、景品表示法の「誤認のおそれ」にも該当するだけでなく、JAS法の目的に定める「適正な規格」という観点からみても、「有機JAS」が準拠すべきコーデックス有機ガイドラインの解釈に誤りがあったり、一般消費者の「有機」に対する認識と乖離があれば、消費者庁によって、同じく農水省に対する行政調整的な対応がとられるべきであると指摘しました。
2.「有機JAS」で重イオンビーム育種は認められるのか?
(1)事前質問と回答
事前質問では、二つの質問をしました。
1)「あきたこまちR」を有機認証できると考えた根拠は何ですか?
2)有機JAS等のQ&A(2024年7月1日改訂)の問10-10の新設、及びその内容は、いつ、どのように検討・審議して決めたのですか?
1)の回答は、「1 有機農業JASにおいて、放射線照射により育種された種苗の使用は禁止されておりません。2 従って、「あきたこまちR」について、有機JAS認証を受けることは可能です。」と、前回までと同じ。 2)についても、1は「従来の見解を示したもの」であり、「新たな見解を示したものではない」と、前回までと同じ。2は、「有機JASを含むJASの改正等に当たっては、JAS法に基づきパブリックコメントの実施、日本農林規格調査会の審議を経る」ことにしているという回答でした。
このように書面回答は従前どおりでしたが、質疑応答を繰り返すなかで、次のような点が明らかになりました。
(2)ガンマ線と重イオンビームは明らかに違うことを確認
「あきたこまちR」の育種に使われた放射線は、ガンマ線ではなく重イオンビームです。自然界に存在する電磁波の一種であるガンマ線と異なり、重イオンビームは核技術(原子力テクノロジー)の装置で作り出す人工的な粒子線であり、自然界(地上・生活環境)には存在しません。「ガンマ線と重イオンビームは同じ働き」というのであれば、それには科学的な根拠が必要であり、科学的な議論が必要だと指摘しました。
日本政府が進めてきたガンマ線利用の放射線育種はすでに2022年度までに廃止されており、現在の重イオンビーム育種は、これまでに分子生物学や遺伝子工学分野(バイオテクノロジー)の分野で発達してきたゲノム解析等の手法と組み合わせることによって、「特定の遺伝子」の欠失が確認できるようになった技術段階にあり、旧来のガンマ線育種の段階ではなく、ゲノム編集技術と同等の技術の段階にあり相補的な関係になっています。
重イオンビーム使用による品種開発(育種)のイネ(米)の実質的な実用化は世界でも初めてです。これを「有機JAS」で使ってよいかどうかは、まだ、国内でも海外でも検討もされていないはずであり、使ってよいとするのは単なる農林水産省の「見解」にすぎないことを指摘しました。
農林水産省は、国際的な有機同等性協定で「有機JAS」はその全体が認められているということを説明しましたが、では、そうした同等性の協議の場で、重イオンビーム育種について、それを「議題に載せて検討したのか?」という問いには答えられませんでした。
(3)「禁止されていない」のであれば使ってよいのか?
農林水産省の回答は「禁止されていない」から使ってよいという見解です。詳しく回答をみると、「ここで禁止している技術(組換えDNA技術)には当たらない」という見解です。
なお、この回答は、そもそも現行JASにおいては、コーデックス有機ガイドラインでは「遺伝子操作/遺伝子組換生物(GEO/GMO)(genetically engineered/modified organisms (GEO/GMO))を、「組換えDNA技術」という個別技術としてしか規定していないという問題があります。コーデックスでは「遺伝子操作」という大きなくくりになっているのです。そのため、コーデックスに準拠すれば、まさにゲノム編集技術も含まれる規定になります。
院内集会で市民側は、「では、禁止と書かれていなければ、使ってよいのか?」と問いただしました。例えば、これから出てくるかもしれない細胞培養や合成生物学などフードテックやRNA農薬を「禁止されていない」、または「書かれていないから使ってよい」ということになるのかどうか。
有機認証基準は一般に、「使っていいものリスト」(ポジティブリスト)で成り立っています。ちなみに、コーデックス有機ガイドラインでは、「遺伝子操作」技術は生産基準に入る前に「除外」されています。
この質問に対して農林水産省は、「有機JAS」では「ポジティブリストみたいな形にも書かれていますし、これらを使用してはいけないというような形でも書かれていますので、個別具体的にこれはどうなのかを当てはめていくになる」という答えでした。そしてまた、コーデックス有機ガイドラインには(その時点での)「明確な定義はないということは書かれている」とも答えました。
要するに、「コーデックスにはまだ十分な規定がないということであり、新しい技術に関しては、これから審議しなければいけない段階である」と、市民側が指摘したとおりなのです。
したがって、「これから協議しなければいけないし、コンセンサスも図っていかなければいけない。そういうことは、これは農水省が一方的に決定できるものではなくて、生産者、消費者、そして国際的なさまざまなステークホルダーが考えていく段階であって、今は不透明な状況だ。それを使っていいと断言できるという状況には全くない」と述べて、農林水産省に対して、重イオンビーム使用の放射線育種由来の種苗の使用を「有機JAS」で認めるかどうかについては、公的な検討・審議も行われていない段階にあることを確認しました。
(4)ゲノム編集技術と同様に、重イオンビーム育種は「有機生産の原則に適合しない」
この院内集会の冒頭、出席した山田勝彦衆議院議員は、次のように述べています。
「昨年12月に消費者問題特別委員会でも質問させていただきました。その時には、遺伝子操作、いわゆるゲノム編集技術を使った種子については、「有機JAS」では認められないという明確な答弁が政府からありました。今回の問題も同様ではないでしょうか。放射線技術によって人工的に品種改良を行っているわけです。決して自然界でできるものではないと思っております。」
また、福島みずほ参議院議員は:
「はじめ、「あきたこまちR」をJAS認定ができるって聞いたとき、えーっというか、もうショックだったんですね。根本的に、放射線照射をするから問題があると思っているんです。農水省は問題のない品種改良だと思っているようですが、こっちは問題だと思っているんです。(中略)消費者からすると、なんか騙された、詐欺商法にあったぐらい、実はショックなんですよ。」と、率直に話しています。
同様に、川田龍平参議院議員は:
「私も『あきたこまち』と『あきたこまちR』は違うと思うので、やっぱり『あきたこまち』を買いたいという人が間違って買ってしまうことは、避けなければいけない。同じ名称表示で売ることはやめさせていただきたい。そして、農林水産省の『有機JAS』については、IFOAM(国際有機農業運動連名)が認めないものを『あきたこまちR』で認めることは、到底許されることではない。日本もグローバル化しているので、海外にも売っていくつもりがあるのであれば、農林水産省の方で出回る前にやっていただかなければいけない。」と積極的な対応を求めました。
これらの点について市民側からも:
「『有機JAS』においてゲノム編集技術は禁止されるものであることが明確にされた。ゲノム編集は遺伝子操作技術の一環で禁止されることになるが、その理由がコーデックスには書かれている。それは、『有機生産の原則に適合しないから』という理由である。それでは『有機生産の原則』とは何かについてコーデックスでは何と書いてあるのかを見ていくと、それは、自然界の中でできた自然突然変異を使って新しい品種に育成したり、品種と品種を種の壁の中で交配させる交雑法、基本的にはそういう伝統的な育種の方法から遺伝子操作は逸脱しているから禁止すると書いてある。」
「コーデックスでは、遺伝子操作の定義については、『遺伝子の欠失』が書かれている。『あきたこまちR』は、遺伝子の欠失ということをはっきり認めているわけだから、それが有機生産の原則から外れると書かれている。それは形式的に明らかに該当する。」
「有機農業、『有機JAS』の精神は、自然なもの、人工的なものを使わないということで、それはかなり徹底されている。重イオンビームは明らかに人工的なものである。『有機』は、あくまでその結果によるものではなく、そのプロセスが人工的なものなのかどうかを言っている。一般食品についてのゲノム編集技術の検討会の中でも、『自然界の突然変異と、結果として遺伝子が壊れていることは同じじゃないか』という議論があったが、『遺伝子操作という人工的なものだから、やめておこうよ』という意見が多かった。そういうことに照らしても、この重イオンビームというのを放射線育種だからっていうことで一緒くたにして何の検討もしないということではなく、少なくとも関係者で検討をし、十分な検討をして、本当にこれを認めていいんだろうかと議論しないといけない。Q&Aに載せて、既成事実化してしまうのおかしい。有機JASの信頼性にもかかわることなので、農水省として、ここのところは慎重に考えていただきたい」
農林水産省は、以上のような質疑応答の最後に、「認識としては、ガンマ線照射と重イオンビームについてはもう明らかに違うものなんだというご認識というふうに受け取って、持ち帰ります。」とまとめました。
3.消費者庁及び消費者委員会は、本来の役割を再確認し機能発揮を!
今回は、消費者庁だけでなく、内閣府消費者委員会事務局にも院内集会に出席していただきました。そもそも、2009年に、それまで各省庁にまたがっていた消費者行政を統合する形で、消費者の権利を守る「司令塔」として消費者庁の設置が政府から提案され、さらに与野党伯仲の国会で長時間の審議を経て、より権限を強め、内閣総理大臣や各省庁に消費者の立場から建議できる合議制の独立した消費者委員会が併せて設置されたのです。
事前質問への回答:「消費者委員会は内閣府に設置された審議会等であり、独立した第三者機関として、消費者の利益の擁護増進に関する基本的な政策に関する重要事項等に関して、自ら調査審議をし、必要と認められる事項を内閣総理大臣関係各大臣または消費者庁長官に、建議意見する機関です。」
市民側からは、こうした歴史を振り返って述べるとともに、消費者庁はより積極的に消費者の権利を守る法運用をし、また、消費者委員会に消費者代表の委員を多く入れて、積極的に消費者庁や農林水産省がやっていることを調べて、消費者の権利を守る立場からの行政を行ってもらいたい、と要求しました。
福島みずほ参議院議員は、「消費者庁は、初代の大臣だったので、すごく思い入れがある。ものすごく頑張っていた。ぜひ、頑張ってほしい」との発言がありました。
以上のように、「あきたこまちR」の表示問題は、消費者の権利侵害の問題です。もっぱら流通の円滑化のための「品種群設定」によって新品種名「あきたこまちR」の表示が伏せられて、消費者の選択の権利が侵害されることが数ヶ月後に迫っているので、消費者庁には速やかな対応が求められます。
「有機JAS」で「あきたこまちR」、すなわち、重イオンビーム使用の放射線育種由来の品種の種苗の使用を農林水産省が「問題ありません」としていることについては、今回の質疑を通して、現時点で公的な検討・審議を経たものではなく、海外との同等性評価についても議題に載せて協議したものではないことが確認されました。有機JAS等のQ&A10-10は、直ちに取り下げられるべきであることが明らかになりました。
これからも市民側からのいっそうの取組みが必要です、がんばりましょう!!
注2: 行政調整:省庁間で立場が異なるために対応が異なってしまうことのないように事前に調整することを行政調整と言います。
今回の「あきたこまちR」の場合は、同一性は疑わしい2つの品種を秋田県が同一品種としてみなす品種郡設定を申し立て、農水省はそれを認めました。しかし、明らかに異なる品種を同一扱いしてしまうことで、消費者は選択ができなくなり、権利が損なわれてしまいますし、景品表示法などの見地からも法違反になる可能性が濃厚なので、消費者基本法や景品表示法に基づくべき消費者庁は事前に農水省に行政調整を行い、この矛盾を解消するように動く必要があると、私たちは考えています。