重イオンビーム育種は有機農業に不適合
「あきたこまちR」を有機JAS認証の対象とすることの撤回を求める
国際有機農業運動連盟が農林水産大臣宛に公開書簡で勧告
発信: OKシードプロジェクト 2025年12月8日
世界の有機農業団体の連合体「国際有機農業運動連盟」(IFOAM-Organics International)は2025年11月25日、本部のあるドイツ・ボンから、日本の農林水産大臣、秋田県知事など3者に宛てて公開書簡「農業、生物多様性、そして人々の信頼を守る―新ゲノム技術(New Genomic Technologies)の一種である重イオンビーム育種に関するコメント」を発送しました。
その中でIFOAMは、「あきたこまちR」は品種開発の過程で重イオンビーム(放射線の一種の粒子線)を利用した育種技術(重イオンビーム育種)を使っており、ゲノム編集技術と同様に遺伝子を人為的に改変させる新しい遺伝子操作技術、すなわち「新ゲノム技術」(NGT)の一種であり、これは有機農業における育種技術として受け入れることはできず、「有機JAS」認証で容認できるとする農林水産省の立場を変更するよう強く勧告しました。
農林水産省は、「あきたこまちR」を有機認証して構わないという認識を示してきました。2024年7月には、同省のホームページ上の「有機JAS」の「Q&A」に問10-10を新設して、放射線育種による品種の種苗(この場合、ガンマ線育種と重イオンビームの区別なし)は「有機農産物JAS」で使用しても「問題ない」とする「見解」を公表していました(※1)。
「あきたこまちR」を「有機」と認める農林水産省見解に対しては、すでに2024年1月に秋田県有機農業推進協議会が「私たちはあきたこまちRを有機農産物とは認めません」という声明を秋田県庁記者クラブでの記者会見で発表しています。そのほか、民間稲作研究所やOKシードプロジェクトが反対声明・見解を出し、有機認証団体15団体等が、農林水産省の「見解」取下げを要求してきました。
このたびのIFOAMからの書簡は、こうした国内の声を支持するものです。書簡は、IFOAMの構成組織14機関の長が署名する公式のものであり、特に農産物輸出を推進する農林水産省にとって強い勧告となっています。
書簡の内容は、次のように多岐にわたり「あきたこまちR」の問題点を指摘しています。
- 「あきたこまちR」はカドミウムを低減させる特性をもつイネの作出にあるが、それにより必須ミネラルであるマンガンの吸収率低下という悪影響がある。
- 「あきたこまちR」の特性は潜性(遺伝学的に劣性)であり、「近交弱勢」(近親弱勢)を引き起こし、品種の維持を困難にする可能性がある。
- その脆弱性により農家の期待にも消費者の期待にも応えられない可能性がある。
- 大規模な環境放出を承認する前に、より綿密な調査を行うべきであった。
- また、そのためには、IFOAMが提案している「新ゲノム技術(NGT)に対する世界共通の安全確保とリスク評価の指針(リスク評価プロトコール)」(※2)を完全に適用する方が賢明であった。
- 「あきたこまちR」が遺伝子操作(遺伝子を改変)された品種であることを示す表示や、そのトレーサビリティ(移動経路の追跡可能性)が義務付けられていない。これは、消費者が非遺伝子操作食品を選択するという基本的な権利を奪うものである。その上、農林水産省が規制を必要だと判断せざるをえなくなった時に、その実行可能性を弱めてしまうものとなる。
書簡では、「種子(育種方法)を含む有機認証製品における遺伝子操作は厳格に禁止されているという有機生産・加工の原則に基づき、「あきたこまちR」を有機JAS認証の対象とすることを断固として拒否する。そして、農林水産省がこの点に関する立場を変更するよう強く勧告する」と述べています。
その理由として、遺伝子操作が有機農業の原則に適合しないというだけでなく、「あきたこまちR」を日本が有機認証することが、世界における日本の有機食品の評判を落とし、日本の輸出市場が損なわれ、さらには日本と海外諸国の間での有機同等性協定への疑問や日本との貿易の混乱につながる可能性があること、日本国内においても消費者の有機食品への信頼は揺るがされ、日本及び海外における有機食品市場の成長を阻害する可能性があることを挙げています。
農林水産省は農産物輸出を重視し、お米の輸出を今後大幅に拡大させる計画を立てていますが、その上で、このような国際的な混乱を引き起こす施策は早急に撤回する必要があります。まず「有機JAS」の「Q&A」で示した「見解」を直ちに取り下げるべきです。
秋田県は、従来品種の「あきたこまち」をつくり続けたいという農家の思いを受け止め、従来品種「あきたこまち」の種子(種もみ)の農家への供給を再開すべきです。
特に国が進める「みどりの食料システム戦略」では有機農業を2050年までに全農地の25%にまで拡大する方針が打ち出されていることを考えれば、有機認証に適合する遺伝子が改変されていないお米の種もみを農家に供給するのは県の責務と言わざるをえません。
秋田県はまた、「あきたこまちR」を「あきたこまち」という名前で流通させるために「品種群設定」を行いました。しかし、両者は科学的にみて明らかに異なる品種特性をもち、「あきたこまちR」は特許まで付いた品種であるので、この二者を同じ「品種群」として、区別をできなくすることには無理があります。よってこの設定を撤回することを求めます。表示は消費者が選択できるようにすべきです。
この「有機JAS」認証と重イオンビーム育種をめぐる問題は、昨年以降の「米価高騰」の話題にかき消されがちですが、大変重要な主食であるお米の未来の問題です。農業の根幹にある種子に係わる問題であり、農と食と文化の将来に及ぶ看過できない問題です。
秋田県における「あきたこまちR」の他にすでに少なくとも14府県が「コシヒカリ環1号」(農研機構が開発)系品種を使ったカドミウム対策の導入の検討を行っています。これは、「コメ中のカドミウムとヒ素の低減事業」として農林水産省による交付金を元にした事業です。しかし、カドミウム対策として有効性が指摘される施策が試されずに、重イオンビーム育種米の安易な利用に流れる現在の農林水産省のカドミウム汚染対策のあり方に私たちは大きな疑問を抱いています。
たとえば、数千年の歴史を持つ塩分に強い在来品種Pokkaliはカドミウムをコメ中に吸い上げないことが分かっており、有機堆肥を活用することでコメへのカドミウム吸収を抑えられることが群馬大学などの研究でもわかっており、他にも有効なカドミウム対策の選択肢があります。
「あきたこまち」を「つくり続けたい」という秋田の農家を応援し、それを食べたいという消費者の気持ちに応えて、農林水産省や秋田県が、将来に及ぶ真に持続可能な発展を実現することを私たちは望みます。農林水産省においても、秋田県においても、この書簡に真摯に向き合い、中長期の展望に立った施策の再検討をすることを求めます。
本プレスリリースは、このたび農林水産大臣、農研機構理事長、秋田県知事の三者宛てに、世界最大の有機農業における国際組織IFOAMから公開書簡が送られたことをメディアの方々にお伝えし、この問題への注目とその報道をお願いするものです。
このIFOAM公開書簡は、日本におけるIFOAMのメンバーでつくるIFOAMジャパンでもプレスリリースが2025年12月5日付けで出されています(※3)。今後、OKシードプロジェクトはIFOAMジャパンをはじめとして、秋田県の農家、市民、そして全国でこの問題に関心を寄せる市民と連携して、農林水産省、農研機構、そして秋田県がこの問題の解決に向けて動くことを求めていきます。
IFOAMは、世界100か国以上700団体以上の有機農業団体が結集する有機農業を普及推進する国際組織であり、コーデックス委員会及び世界各国政府に有機基準の制定と国際的な運用規則の制定を求めてきた団体です(※4)。そのために、世界共有の有機農業の4原則(IFOAMは健康、生態系、公正、配慮の原則として取りまとめている)と有機生産基準(IFOAM有機生産・加工規範2014年版)、および「IFOAMポジションペーパー:有機生産システムにおける育種の適合性」(2017年総会採択)、最新の「新ゲノム技術(NGT)に対する 世界共通の安全確保とリスク評価の指針(プロトコール)」を発表しています。
有機農業は、「みどりの食料システム戦略」に高い目標値が掲げられたように、持続可能な農業の筆頭として推進していく共通の課題であり、これは世界的なSDGsの多くの項目にも貢献する農と食と文化の持続的な発展をめざすものです。
メディアの方々におかれましては、このたびのIFOAMからの書簡の意義と私たちの農林水産省・秋田県への要求についての報道をお願いできれば幸いです。これまでの経過や背景については、OKシードプロジェクトにおける「あきたこまちR」や重イオンビーム育種の項目をご参照ください。さらなる、ご質問・お問合せにつきましてはこちらまでお願いいたします。
以上
※1:「有機農産物、有機加工食品、有機畜産物及び有機飼料のJASのQ&A」https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/attach/pdf/yuuki-543.pdf#page=57
※2:IFOAMは、「Global Safety & Risk Assessment Protocol for New Genomic Technologies, Version 1.0, June 20231」を各国・地域に宛てて2025年10月に発信して採用するよう勧告
※3:IFOAMジャパンのプレスリリース https://ifoam-japan.org/2025/12/05/test/
※4:1972年設立。1980年代から世界共通の有機生産・加工等の基準づくりを始め、1991年EC(現・EU)の有機規則に影響を与え、その後1999年に策定されたコーデックス有機ガイドラインにも影響力を及ぼした。https://www.ifoam.bio/
*このプレスリリースのPDF版はこちらからダウンロードできます。
pressKIT_251208_IFOAM公開書簡_公開版.pdf
*国際有機農業運動連盟(IFOAM-Organics International)からの公開書簡「農業、生物多様性、そして人々の信頼を守る―新ゲノム技術(NGT)の一種である重イオンビーム育種に関するコメント」の日本語訳はこちらからダウンロードできます。
OKSP-IFOAMからの公開書簡20251125(日本語訳).pdf





