日本のタネのあり方を大きく変えてしまう法案が国会に

UPOV条約問題
日本のタネのあり方を変えてしまう法案が国会に提出されようとしています。この問題について、OKシードプロジェクトの事務局長 印鑰智哉の分析を紹介します。これは印鑰個人の見解であり、OKシードプロジェクトとして確認されたものではありませんが、市民の間でこの問題に関する議論の素材にしていただくために公開します。なお、OKシードプロジェクトでは3月11日の学習会でもこの問題を扱っています。合わせてご活用いただければ幸いです。学習会動画

タネのあり方を変える2つの柱

 現在、開かれている今国会(特別会、第221回国会)で日本のタネのあり方、食・農業のあり方を大きくかえてしまう法制審議が行われることが予想されています。種苗法再改正法案や革新的新品種開発のための新法法案などが提出されると報道されています。法案の詳細はまだ発表されていませんが、大きな影響を社会に与えることは必至と思われますので、政府のさまざまな文書から今後想定されることをまとめます。

 タネのあり方を変える構想については2014年に始まる内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」で2つの基軸が打ち出されています。その一つが「データ駆動型育種プラットフォーム」であり、もう一つが「ゲノム編集育種コンソーシアム」です¹
 この構想が出てくる背景には遺伝子技術の進歩によって、遺伝子解析によって得られた塩基配列情報(Digital Sequence Information、DSI)さえあれば、望む形質を持った生物を実現することも展望できる時代になったことがあります ²
 そこで世界中の植物の遺伝子情報などをデータベースに放り込み、そのデジタル情報から最適な組み合わせをAIを使って選び、効率的に交配させることで、高速で望む品種が開発できるAI育種が今、注目を集めることになりました(育種とはタネを育てる、という一般的な意味ではなく、品種改良を意味する専門用語です)。国をあげてこの育種ビッグデータを集める、という構想です。
 AI育種では必ずしも遺伝子組み換えやゲノム編集を使わず、通常の交配技術をベースに新品種を作ることができるので、遺伝子操作しないならばいいと思われるかもしれません。しかし、この育種方法には大きな問題があります。

データ駆動型育種の問題点

 まず、使われる遺伝子情報は誰のものか、ということです。特定の地域にしか存在してこなかった植物の遺伝子情報だけをデータベースに抜き取り、種苗企業や製薬企業がそれを利用して、さらにその遺伝子を含む植物に特許をかけることが起こります。その場合、その植物を守り続けてきた人びとが、その販売権が奪われ、開発企業によってその権利が独占されてしまいます。この行為はバイオパイラシー(生物資源盗賊行為)と呼ばれて批判されています。その植物に関する権利(あるいは遺伝子に関する権利)が独占されてしまうことで、その植物の守り手の生計が成り立たなくなり、守り手を失った植物も失われてしまうことになりかねないのです。地球上の生物多様性は南の国に多くありますので、この対立はその生物多様性を利用したい北の先進国企業と、生物多様性を守りたい南の国の南北対立にもなっています。
 また、新品種を開発したのがどこかの県だったとしましょう。その県はその品種をその県の農業振興のために県の予算を使って開発した、けれども、このデータベースで使われてしまったために、その県の農業振興の切り札が企業に奪われてしまう、ということも起こりえます。
 みんなで歴史的にずっと守ってきた自分たちのみんなの植物とタネがまったく縁のない企業のものにされてしまったり、県の農業を振興するという公的な目的で行われた成果が私企業の私物にされてしまったりする可能性があるのです。

 もし、このようなデータ駆動型育種プラットフォームを本格稼働させていくのであれば、タネを守ってきた人びとの権利をどう守るか、開かれた議論が必要になるはずです。実はこの問題は国際的にも大問題になっており、国際的なルールもまだ確立していないのが現実です³。種苗企業や製薬企業は情報を自由に使う権利を求めますが、その情報の元となった人びとの貢献への支援にはとても冷淡です。このような状況の中で、このプラットフォームを推進していくとしたら、権利侵害が拡大することが懸念されます。

 またこのプラットフォームを活用できる企業とそうでない企業との間に格差が拡大し、現在よりもさらに種苗企業の独占が進んでしまい、地域の貴重な遺伝資源を守ってきた小さな種苗企業が淘汰されてしまう懸念も存在しています。

 AI技術はこれまでの産業革命よりも大きな変化を社会に与えるかもしれないと言われています。しかも100年かけて起きたような変化が数年で生み出されてしまうかもしれないとも言われています。しかし、それはバラ色の進歩になるとは限らず、むしろ大きな問題が作り出される可能性もすでに指摘されています。特にタネの問題は慎重に進めなければ、未来はディストピアの世界になってしまうでしょう。今回の日本政府の動きが十分な検討抜きに見切り発車になってしまう可能性があります。

ゲノム編集育種と重イオンビーム育種

 現在の日本政府が検討している種苗新品種開発政策としてはデータ駆動型育種プラットフォームと並びゲノム編集育種が2本の柱となっています。これは2021年に打ち出された「みどりの食料システム戦略」でも共通しています。
みどりの食料システム戦略での種苗政策
 みどりの食料システム戦略の中ではスマート育種システムとゲノム編集技術の2つだけが明記されています。ゲノム編集種苗は有機農業では排除されるというのが国際的な方向性にすでになっています。
 「みどりの食料システム戦略」は2050年までに有機農業を約50倍に大幅拡大させるとしています。当然ながら有機農業に適した有機種苗も確保しなければならないのですが、戦略の中ではそれは一言も触れられていません。現在、日本政府は有機種苗の育成をまったく手掛けていませんので、タネなしにどうやって有機農業を拡大させるのか、根本的な政策が欠如しており、これはこの戦略の根本的な欠陥とも言えます。

ゲノム編集育種コンソーシアムとは 内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム」で提案されたゲノム編集育種コンソーシアムには図のような2つの大きな柱があります。1つの柱は当然、ゲノム編集なのですが、もう一つ別の柱に注目してください。それはガンマ線や重イオンビームなどを用いる放射線育種が軸となった育種技術です。

 ガンマ線による放射線育種は日本では2022年に終了してしまったため、実質上、重イオンビームや中性子線を使うビーム線育種となります

 ガンマ線は弱く拡散してしまうため、遺伝子の二重鎖構造を直接破壊することはほぼなく、遺伝子を構成する塩基の一部を破壊することがありますが、生物が持つDNA修復酵素が修復するので、ガンマ線の直接作用で突然変異を引き起こすことは起きにくいと言われます。ガンマ線育種はガンマ線による遺伝子への直接作用ではなく、ガンマ線照射によって細胞内に発生する活性酸素による間接作用によるものがほとんどだと言われます。
 これに対して、ビーム線育種は一点に集中して大きなエネルギーをかけるため、ガンマ線に比べると比較にならない圧力が一点にかけられます。そのため、遺伝子の二重鎖も切断することが可能になります。二重鎖を破壊することによって、直接遺伝子の突然変異を誘致させるのがビーム線育種です。その点、ゲノム編集と同じ効果を持つと言うことができます。
 つまり、ガンマ線による放射線育種と、ビーム線育種による育種は大きく異なるため、同じ放射線として同一視することはできず、明らかに異なる原理を持つものであるといわざるをえません。ビーム線育種は遺伝子の二重鎖を切断する点、ゲノム編集と同じ効果を持ちます。

ビーム線育種はゲノム編集はセット

 ビーム線育種はCRISPR-Cas9などを使って生物の遺伝子を破壊するゲノム編集技術とは明らかに異なる技術です。なぜ、それがゲノム編集育種コンソーシアムの中に入っているのでしょうか?

 ゲノム編集をするためには狙う遺伝子がどんな機能を持っているのか知る必要があります。遺伝子はその塩基配列を解析できるようになりましたが、塩基配列を知ることができても、それがどんな機能を持っているかまではわかりません。

 そのためビーム線を使って、ランダムに遺伝子を破壊したものを多数育て、その遺伝子を解析することで、破壊された遺伝子が持っていた機能を知ることができるようになります。そうしたデータが集積すれば、どの遺伝子を破壊したら、どんな品種が作れるか、という予想がつけられるデータベースを作ることができるのです。これはゲノム編集をする際に不可欠なデータですし、AI育種のためにも重要なデータとなります。

 ビーム線はランダムに遺伝子の二重鎖を破壊するため、特定の遺伝子を狙うことはできません。ですので、多数の生物を用意して照射する必要があります。照射後、生き残ったものをすべて育てて、その中からランダムに破壊されたものの中から有益な性格を持つ植物があれば、そこから新品種を作ることもできますし、またその遺伝子を解析し、狙うべき遺伝子がどれかを探究することもできるようになるわけです。そして、今度はその情報を使って、ゲノム編集で狙う遺伝子を特定できるというわけです。

相補う「ゲノム編集」とビーム線育種 このようにビーム線とゲノム編集は相互に相補う関係にあります。実際に中性子を使うビーム線を用いるクォンタムフラワー&フーズ社(QFF社)とゲノム編集を用いるセツロテックは2023年に業務提携契約を結んでいます。
 この2つの両方の技術を1つの品種の開発に使う例も存在します。愛媛県はサトイモに重イオンビームを照射して、再生できた系統の株にさらにゲノム編集を施して、新品種を作ろうと試みています

 また、ビーム線育種には開発者にとってゲノム編集にないメリットがあります。ゲノム編集された生物を使う場合には、政府に届け出をすることが任意で求められています。しかし、ビーム線育種の場合にはそれすらも必要ないのです。ゲノム編集食品の場合は遺伝子操作品種ということで、消費者も食品業者も警戒しますが、同じ遺伝子操作品種という点では変わりないビーム線育種の場合は、現在は政府への届け出も求められていないため、消費者が知ることができない状態になっています。

 日本政府が2019年10月にゲノム編集食品を表示なしで流通して構わないと決めてから、すでに7年目に入っていますが、実際にこの間に流通しているのはトマト1品種だけに限られています(2026年3月13日現在)。一方、重イオンビームを使った食品は昨年から市場向け生産が始まった「あきたこまちR」をはじめ、30を超える品種の開発が進んでおり、その中のかなりのものがすでに流通済みと考えられます

 ビーム線育種を使った品種を本格的に商業流通させているのは世界の中で、日本くらいだと考えられます。中国、韓国もビーム線育種に取り組んでいることが知られますが、日本が突出していることは否めません。日本政府はこのビーム線育種を日本の強みとして、ゲノム編集と一体化して進めようとしているのです。政府はこうした技術によって遺伝子を改変された品種で世界をリードすることを目指しているのです。

新法は何をめざすのか?

 今国会では「革新的新品種開発のための新法」が提出されると報道されています。その内容の名称や詳細は明らかになっていませんが、これまで検討が加えられてきたスマート育種プラットフォームに沿った品種開発を根拠付ける法律になると考えられます。
 この新法によって、日本のタネのあり方はどう変わっていくでしょうか?

 これまでの日本のタネの開発の主力を担ったのは地方自治体でした。日本を代表するお米の銘柄、コシヒカリもササニシキも開発したのは地方自治体です。しかし、今後はそれが民間企業に変わっていくことになる可能性があります。実はすでに革新的新品種開発事業は始まっていて、3月31日まで参加する組織の公募が農研機構生物系特定産業技術研究支援センターによってなされています

 温暖化対応や国際競争などの必要性を名目に、政府は高温耐性、耐病性、多収性、スマート農業推進、輸出促進などに資する種苗開発という方針を掲げ、これに応じる開発組織を募っています。地方自治体にとっての関心事はその地域を生かせる品種の開発になりますが、政府の掲げる目標は世界広くに売れる品種であり、こうした事業の開発主体は自ずと民間企業に絞られていくと考えざるをえません。

 民間企業といっても地域の小さな企業は参入が難しく、参入できる企業は大きな種苗企業に限られていくことが予想されます。参入した企業には政府からの補助金や国の施設などの利用という優遇措置が設けられますので、参入できた企業とできなかった企業との間にはさらに格差が大きくなることが想像されます。その結果、地域で地域のための種苗を手掛けてきたような小規模種苗企業は淘汰されていってしまう可能性があります。

 国内外の種苗ビッグデータを持つデータベースを国が持ち、そのデータが特定の民間企業によって使われるとなると、これまで公共の財産であったタネが私企業の資産へと変えられていく可能性があります。
 というのもこれまで国などから補助金を得た事業の場合、そこから発生する知的財産権は公共のものとなるのがこれまでのルールでしたが、米国の私企業支援策であるバイ・ドール法を真似て、2000年に施行開始された産業技術力強化法では、民間企業が公的な補助金で開発した知的財産権を自らのものとして手にすることができる条項があります。これは、国が税金を使って、民間企業を儲けさせる仕組みと言わざるをえませんが、これが農業分野でも今後、本格稼働していくことが想定されるのです。

 地域の特性にあった地域のタネを育成するという、地方自治体や地域の種苗企業が担ってきたことの継続はますます困難になり、世界で売れるグローバルな品種を作ることが政府の方針となり、それに利益を見出す大手種苗企業がこのプラットフォームに参加して、優遇を受けながら、新品種を開発していくことが今後、本格化していくのではないかと考えられます。

 もしそのような方向になれば、種苗の多様性、地域の食文化などは顧みられなくなっていく可能性が高くなるでしょう。地域に合わない品種を育てるためには、その分、化学肥料や農薬、バイオスティミュラントなどが使わざるを得なくなっていくことでしょう。本来、「みどりの食料システム戦略」でめざすはずであった有機農業の拡大という方向からはまったく相反するものになってしまいます。多様性を失った種苗は気候変動にも脆くなるでしょう。地域の食料保障、農家の利益になる種苗の確保という面からも、大きな問題を持つ方針であると言わざるをえません。

種苗法再改正の問題点

 この新法に加えて、今国会では種苗法がまた再改正されます。種苗法は2020年12月に改正されています。まだ5年とちょっとしか経っていないにも関わらず、なぜ、また改正なのか、と疑問になるかもしれません。
 前回の種苗法改正では日本の種苗が海外で不法に持ち出されているとして、持ち出しを禁止する条項が新たに加わりました。つまり前回の改正は内向きの改正でした。それに対して、今回の再改正は、逆に外向けに日本の種苗を海外に売るための仕組みを導入するものになっています。
 日本の種苗を使う海外の生産者には日本の出荷時期には出荷させない特別なライセンス(「戦略的海外ライセンス」)を結ばせて、日本からの農産物の輸出と日本からの種苗輸出を両立させるというものになっています。
 同時にその日本の種苗を輸出する国々にも日本と同様の種苗法に改正するように、日本政府は長年にわたって、アジア諸国に圧力をかけ続けています。このような種苗法改正はどのような意味を持っているでしょうか?

種苗法改正の背後にあるUPOV

 この日本の種苗法改正の背後にあるものがUPOV(植物新品種保護国際同盟)です。これはもともとヨーロッパの大手の種苗企業が世界の政府に種苗企業の知的財産権を守らせるように作った民間企業による国際組織なのですが、この組織が作るUPOV条約は1961年以来、何度も改訂され、現在のバージョンは1991年版になっています。
 タネは農民が長年、種採りを繰り返してきた結果、生産性や味のいいものが作られてきましたので、農民全体の財産と言われます。しかし、このUPOV条約ではタネを種子企業の知的財産であるとして各国政府に自国の種苗法を改正させることを義務付けます。
 このUPOV条約の最新版であるUPOV1991に日本が加盟したのが1998年、それ以来、日本政府はこのUPOV1991に忠実になるように種苗法の実施を徐々に変えていきました。いきなりUPOV1991に忠実に従う種苗法にして一律、種苗の自家増殖を禁止(許諾制)にしてしまうと混乱してしまう、ということで、自家増殖を禁止する作物を徐々に増やしていったのです。そして2020年にすべての作物の自家増殖が禁止(許諾制)になりました。
UPOVと種子法廃止・種苗法改正

 2020年の種苗法改正で、日本政府はUPOV1991が求める法制度を実現したばかりでなく、UPOV1991が求めることを飛び越えてしまいました。
 たとえば、UPOVでは自家増殖の禁止の範囲について合理的な範囲の中で、主権国家が例外規定を設ける自由を認めています。たとえばオーストラリア政府は自然災害などで種子企業が種子を提供できないケースでは農家が自家増殖して種子を作る権利を認めています。しかし、日本政府はそれすら認めません。
 人は食べなければ生きていけず、そしてその食の多くがタネから生み出されます。つまり、タネを奪われれば人は生きていけません。タネは人の生存権の源となります。タネを奪うということは人の生存権を奪うことにつながるわけです。日本政府は人びとの生存権としてのタネの権利を認めていないということになります。
 もっとも現在は日本では地方自治体が行う公的種苗事業が健在で、地方自治体はその地域の農家には自家増殖を許諾なしに認めるケースが多いため、この例外なし、という規定は実際には緩和された状態になっていると言えます。しかし、もし公的種苗事業が衰退していけば、まさに人びとの生存権の問題に直結する事態になってしまいかねません。

 今、UPOV1991に対して、世界の農家から反対の声が上がっています。農家からタネを奪うことは人類に対する犯罪であるとして、国際民衆法廷が現在、開かれています。しかし、日本政府はこのUPOV1991を世界でもっとも推進する政府となってしまっています。世界からの批判が今、日本に向けられています。
 そればかりか日本政府はUPOV1991を超える水準を種苗法に盛り込んでおり、今国会での改正案はさらにそれを進めようとするものです。たとえばUPOVは種子の独占的販売権である育成者権の期間を20年(樹木の場合は25年)としていますが、今回の種苗法再改正法案では35年(樹木の場合は40年)にすると報道されています。
 世界の中でも極端な政策に走っているのが日本政府と言わざるを得ない状況となっているのです。

タネのグローバリゼーションと公的種苗事業の民営化(=企業による私物化)

 この種苗法は1998年以来、徐々に変えられてきたわけですが、その中で、進んだのがタネのグローバリゼーションでした。海外の種苗企業が日本で品種登録する割合が増え、2017年にはその年に登録された品種は4割近くが海外勢によるものになっています(現在は花卉が中心)。また、国内で採られるタネは激減し、海外に委託する動きが活発化して、野菜のタネでは9割を海外からの輸入に依存するという状況になっています。
 もう一つの懸念が、地方自治体がやってきた公的種苗事業です。これは主要農作物やその地域の特産物に限られますが、地域で重要な種苗を地方自治体が取り組んで、優良なタネを農家に比較的安価に提供しようというものです。この事業を法的に支えてきた主要農作物種子法が2017年に廃止が決定したことで、地方自治体の公的種苗事業が形骸化し、民間企業に売り渡されるのではないか、という懸念が高まりました。その懸念から地方自治体がしっかりと公的種苗事業を継続できるように、日本の47都道府県のうち35で種子条例が作られました。
 もっとも稲などの種子の供給のためには大がかりなインフラが必要であり、到底、営利事業である民間企業の手に簡単に負えるものではありません。また種子価格は安く、地方自治体が予算をつぎ込んでやっているから回せている事情もあります。そのため現在までのところ、民間企業の参入は大きくないため、大きな変化が起きているわけではありません。

 しかし、今国会で出るとされている革新的新品種開発のための新法によって、新品種開発の主軸が地方自治体から民間企業に移っていく中で、この公的種苗事業の民営化も今後本格的に動き出すことが想定されます。
 小規模農家が離農に追い込まれ、大規模化が進められ、今後、農業のあり方もタネのあり方も大きく変わってしまう可能性があります。つまり、タネの民間企業の独占は進み、タネの値段も大幅に高くなり、日本の地域の食文化を支えてきたような種子は失われ、グローバルな企業が作るグローバルな品種を栽培する他手段がなくなる時代へと変えられていく可能性は高まっていると言わざるをえません。
 その一つが世界で拡大する乾田直播(田植えを省略して乾いた田んぼに直接植える方法)を席巻している遺伝子組み換え企業BASF社が提供する農薬耐性イネのような遺伝子改変品種かもしれません。このままでは遺伝子改変品種が日本にも普及していく可能性は十分にあります。
 

種子主権を守る法律が必要

 「公的種苗事業を守るといっても、うちの県では種子条例を作ったからもう守られているはずだ」と思うかもしれません。しかし、それでは十分ではありません。なぜなら種子条例の決定権者は地方自治体の首長です。
 秋田県は農水省の方針に従って、2025年から秋田県の7割を超えるお米の品種である「あきたこまち」が重イオンビームによって一部を欠損させた遺伝子を引き継ぐ「あきたこまちR」に全量転換してしまいました。秋田県も種子条例を作っていますが、「あきたこまちR」も種子条例に則って、秋田県知事が決定したものです。農家が従来の「あきたこまち」を栽培したい、と言っても、県知事はその声に耳を貸しませんでした。
 農家はタネの決定に参加することは考慮されていないのです。本来、農家が育てたいものを育てることができるようにタネの決定権(種子主権)が不可欠なのですが、その権利を規定した法律や条例は日本にはまだ存在していないのです。

 また、公的種苗事業といっても、それを支える財源は政府が拠出する地方一般交付税です。地方自治法があるから地方自治体は政府と同じ対等な存在だと言われますが、地方自治体での公的種苗事業に割り振る予算は不足しており、革新的新品種開発のための新法などによって、さらに種苗開発の主軸が民間企業に移っていった場合、これまで通り、地方自治体が公的種苗事業を継続することは困難になりかねません。地方自治体の農業試験場はスマート育種プラットフォームの中で、民間企業のインフラとして使われるようになっていく可能性も否定できません。トップダウンでタネが決められれば、農家の決定権は無視されてしまいます。また地域での食文化も考慮されなくなっていくことでしょう。
 タネは農家だけではなく、農家以外の市民にとっても重要です。生存権の源になるからです。タネを守ることは地域の農家を守るだけでなく、市民一人一人の生存権に関わることです。しかし、国会では今回、上程されることが想定される法案はほとんど審議されないまま成立してしまうかもしれません。

 果たして私たちはどうすれば、タネを守っていくことができるでしょうか?

イタリアのタネを守る方法

 一つのヒントがイタリアで採られた方法にあると思います。イタリアではタネはトップダウンではなく、ボトムアップで政策が決まっていきました。
 まず、1997年トスカーナ州で「在来遺伝資源の保護に関する州法(州法50号)」が成立します。在来種登録簿という制度が作られ、地域で重要なタネが認定されます。そしてそのタネを採る農家は種守農家(Agricoltori Custodi)として認定され、州から財政支援されます。そして、種子交換や種子の小規模販売を合法化し、種採り農家の所得向上を実現しました。
 この州法は画期的でした。地域で生産される重要なタネが確保されます。地域に合った種子は農薬や化学肥料などの助けなしに育てやすく、有機農業の発展に貢献し、地域の農業が活性化し、地域経済も潤うようになり、農業生物多様性も高まっていきます。その成功を受けて、他の13の州も相次いで同様の州法の制定に動きました。
 2015年にはこの地方の動きは中央政府をも動かし、「農業及び食料分野における生物多様性の保護と価値向上に関する法律」が成立します。州に限られた制度が全国化し、種守農家の全国ネットワークも構築されました。そして重要なのがこの法律では、在来種登録簿に登録された遺伝資源に対して、知的財産権による排他的な支配を主張できないとされたのです。つまり巨大種苗企業による支配を排除して、地域の農家や種苗企業が活動できるスペースを確保しました。

ゲノム編集やビーム線育種の規制を!

 種採りの活動を地域で始めている方は今、増えています。そして各地で種苗交換会が開かれて、そのネットワークは広がりつつあります。もし日本でも、それに加えて、どこかの地方自治体でトスカーナ州のような条例を作ることができれば、そのタネの活用はさらに大きく広がってくるでしょう。動き出した地方を全国から応援することができれば、成功しやすくなるはずです。1つの成功例を作ることができれば、それは他に広げていくことは容易になります。このようなボトムアップ動きを作っていくことは、今の日本でも十分可能なのではないでしょうか?
 こうしたボトムアップの動きを作るためには種苗交換会や条例作りのための学習会や相談会なども開催することが有効になるだろうと思います。
 そして、同時にトップダウンの問題ある独占的技術、たとえばゲノム編集であったり、ビーム線育種に対して規制を求めていく、種苗法再改正の問題についても声を上げていくことが重要だと思います。それをしていかないと、いくらいい動きを作っていても大きな市場の力で締め上げられてしまいかねません。ゲノム編集された種苗にも表示を求めることが必要ですし、その成果物にも表示が必要です。また届け出だけではなく、安全審査を求めることが必要でしょう。ビーム線育種も同様に規制が必要です。
 タネを地域で守る活動を広げながら、政府のおかしな政策に対して、声を出して止めていく、この2つのことをうまくバランスを保ちながら進めていくことが重要です。

 タネは民主的社会の基盤です。それを基礎付ける条例・法律を作ることは民主的な社会の建設のために不可欠なことです。その制定をめざして活動していきましょう。

印鑰 智哉いんやく ともや
OKシードプロジェクト事務局長


1.戦略的イノベーション創造プログラムの第1期(2014~2018)に登場するのがゲノム編集育種コンソーシアム、第2期(2018~2022)、第3期(2023~2027)に出てくるのがデータ駆動型育種プラットフォームです。

2. 複雑な生物を作り上げることは現状では困難ですが、単純な生物を人間が設計して、簡単なタンパク質は合成することができる時代になりました。その技術、合成生物学は究極の遺伝子組み換えと呼ばれています。

3. 遺伝資源のデジタル配列情報(塩基配列情報、DSI)について、それを守ってきた人びとの権利を守ること(その資源を利用して利益を得る側[製薬企業や種苗企業など]が利益を配分すること(ABS,Access and Benefit-Sharing)をめぐり国際会議でも紛糾しているのが現実です。
 たとえば2019年、ローマで開かれた食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約、ITPGRFA)第8回管理委員会では利益企業からの利益配分を確実にするために多国間システム(MLS)のルールの交渉について6年ほどにわたり、交渉が行われてきました。生物多様性を多く保持する南の国々と多国籍種苗企業などを抱える先進国が対立し、交渉が決裂しました。
 生物多様性条約(CBD)での締約国会議でも大きな対立が生まれ、2024年にコロンビアのカリで開かれた生物多様性条約第16回締約国会議で、カリ基金を創設して、DSIを利用する一定規模以上の企業に対して、利益の一定部分を基金に拠出を求めましたが、先進国はその拠出の義務化を拒んだため、実質上任意の支払いとなっており、任意の支払いで、果たして遺伝資源が守れるのか、南の国々、特に先住民族コミュニティからは強い不安が表明されています。
 生物多様性条約では名古屋で開かれたCOP10会議において、遺伝資源を持つ国への利益配分のルールが決まっています。しかし、日本を含む先進国はこの名古屋議定書が対象としているのが実際の葉っぱやタネという物理的な遺伝資源であり、DSIはデジタルデータなので、名古屋議定書の対象とならない、と主張しているのです。
 大きな分裂が放置されたまま、世界中の遺伝資源のDSIを収集するデータベースが構築され、使われているのです。

4. イオンビームのうち、ヘリウムよりも重い元素を使ったものを重イオンビームといいます。実際的に使われるイオンビームのほとんどが重イオンビームです。

5. 愛媛県農林水産研究所はサトイモ「愛媛農試V2号」に重イオンビーム照射した後に再生した224個体から15系統を選び、日本独自の「ゲノム編集」技術であるマイクロプラズマ法を利用して、リボ核タンパク質を導入して、新品種を作る試みをしたことを発表しています(2024年3月)。 https://www.pref.ehime.jp/page/5571.html
これが成功すれば重イオンビーム育種と「ゲノム編集」の双方を使った品種となります。

6. 重イオンビーム育種品種は多数開発されており、流通量も「あきたこまちR」(全国のお米の5%ほどのシェア)を筆頭に市民生活にはいりつつあります。実際には届け出も必要がないため、どれくらいの品種が流通しているのか、正確に把握する方法は存在しません。農水省に尋ねたとしても、そもそも届け出を必要としていないため、農水省にもその情報がなく、わからないのが現実です。ここで上げた情報はインターネット上に重イオンビームを浸かったことが明記されているものをあげましたが、これ以外にも存在している可能性があります。
開発中、開発済みで流通可能性のある重イオンビーム育種品種の例
秋田県:「あきたこまちR」(2025年秋から流通開始)、リンゴ・ナシ・オウトウ(開発中)
福井県:そば、小麦、花卉、酒米、植物工場で栽培するレタスやトマト、岩手県:リンドウ、静岡県:「春しずか」(来年流通予定)、長崎県:キク、佐賀県:柑橘、大分県:イチゴ、愛知県:イチジク、リンドウ(開発中)、愛媛県:柑橘、サトイモ(開発中)、栃木県:アジサイ(紫陽花)、リンドウ、群馬県:オステオスペルマム(キク科の花卉)、埼玉県:芳香シクラメン、福岡県:キク(菊)、山形県(JFC石井農場):サクラ、兵庫県:海苔、ハウス食品:スマイルボール、理研:ワカメ、バーベナ「花手毬(はなてまり)」シリーズ、サントリー:ペチュニア「サフィニアローズ」、NTT、ユーグレナ:藻、有限会社精興園:キク、横浜植木株式会社(神奈川県)や 海部苗木花き生産組合連合会(愛知県):サルビア、アイビーゼラニウムなど

7. 令和7年度補正予算「生産性の抜本的な向上を加速化する革新的新品種開発(提案公募型)」の公募について
https://www.naro.go.jp/laboratory/brain/hinsyu-kaihatsu_r6hosei/offering/koubo/2025.html

8. 日本は1982年に1978年版のUPOVに加盟しており、1998年は1991年版に加盟しました。

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