【たねまきコラム】「有機JAS」などのオーガニック基準で 「放射線育種」はどのように扱われているか

お知らせ

 農業による環境への負荷を減らす機運が世界的に高まるなか、日本でも「有機」志向が少しずつ広がっています。さて、みなさんは「有機JASマーク」やその基準、仕組みについてご存じでしょうか。
 【たねまきコラム】第7回目のテーマは「有機JAS認証」がテーマです。OKシードプロジェクト共同代表であり、日本有機農業研究会副理事長でもある久保田裕子さんに、有機JASの基礎知識から、「有機認証」の視点で考える「放射線育種問題」について、その他、「有機」をめぐる世界の状況などについて教えていただきます。

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「有機JAS」などのオーガニック基準で
「放射線育種」はどのように扱われているか

 「有機JAS」のしくみ
 スーパーなどの店頭で、「有機食品」「有機農産物」「オーガニック」を見分ける方法として、「有機JASマーク」がある。「有機JASマーク」は、その農産物等が、生産・保管・流通・調理等の過程で有機農業による取扱いがなされてきたことを示す証明である。
 もっとも、ひとくちに「有機農業」と言っても、人それぞれに多様な意味あいがあるし、農業技術面だけでも幅がある。どこまでが「有機」の生産、取扱い方といえるのか、「線引き」が必要だろう。

 「有機JAS」は、農産物や飲食料品などに「有機」「オーガニック」という表示をする場合に適用される生産・加工・調理・保管・流通などの規格(基準)である。JASは、Japanese Agricultural Standards、日本農林規格を指す。「有機」のJAS規格には、「有機農産物の日本農林規格」「有機加工食品の日本農林規格」「有機畜産物の日本農林規格」「有機飼料の日本農林規格」等がある。これらはふつう、○○JAS、○○JAS規格などと呼んでいる。
 たとえば、農産物(ニンジンなど)の容器・包装に「有機ニンジン」と生産者(農家等)が表示して出荷するには、「有機農産物JAS」の詳細な規定に適合したほ場(田や畑、樹園地)で規定に適合した生産行程をし、さらにそのように生産行程管理をしていることを、農林水産省が認めた「有機JAS検査認証機関」(第三者機関)によって認証を受けてはじめて、有機JASマークを付けて「有機ニンジン」の表示ができる。
 このしくみは「有機食品の検査認証制度」「有機JAS検査認証制度」と呼ばれ、元となる法律は、「日本農林規格等に関する法律」(略称:JAS法)であり、JAS規格は告示で定められている。

 
 「放射線育種」の扱いは?
 それでは、この「有機農産物JAS」で、「放射線育種」で作出した品種の種子の使用については、どのような規定になっているのだろうか。
 現行「有機農産物JAS」の第4条(生産の方法についての基準)の「ほ場に使用する種子又は苗等」の事項には、「放射線育種」による種子の使用の可否について言及がない。明瞭な禁止規定がないので、現在の農林水産省の見解は、「使用してよい」という解釈である
(担当は、大臣官房新事業・食品産業部食品製造課基準認証室)。 
 

 有機農業の原則からみると
 だが、「放射線育種」に使う放射線は、自然界に存在する自然放射能などと比べると、はるかに強いエネルギーを有するコバルト60(放射性物質、放射性同位元素)から出るガンマ線(電離放射線)である。そして近年は、さらに強烈なエネルギーを持ち、照射すると遺伝子DNAの二本鎖を2本とも切断し欠失させるようなイオンビーム利用になっている。
 「有機JAS」は有機農業の原則に則った基準であるとすると、このような放射線育種、とりわけイオンビーム利用の放射線育種は、禁止技術とされるべきものである。


 「食品照射」は有機JASで禁止
 「有機JAS」に、「放射線」利用に関する規定がまったくないのか、というと、そうではない。有機農産物や有機畜産物を材料にして有機性を保持した製造・加工の過程の生産基準を定めた「有機加工食品JAS」では、第4条(生産の方法についての基準)の「製造、加工、包装、保管その他の工程に係る管理」の事項の5で、「有害動植物の防除、食品の保存又は衛生の目的での放射線照射を行わないこと。」と明記し、「食品照射」技術の使用を禁止している。


 問題の多い食品照射
 「食品照射」(food irradiation)は、コバルト60などの放射性物質(放射性同位元素)を線源として、それから発する透過性の強いガンマ線(放射線)を食品の保存段階で食品に照射して、食品に付着した菌や食品中の菌・害虫の細胞・染色体・遺伝子DNAなどを損傷させて殺菌・殺虫・発芽阻止等を行う放射線利用技術である。
 照射された食品(照射商品)は、ガンマ線が透過していく過程で、食品中の分子がイオン化されてフリーラジカルとなり、それらが新たな分解物や生成物を生む。中には発がん性のある物も含まれるし、未知の毒性をもつ物質が生じる可能性も否定できない。栄養価も変化する。

 ちなみに、一般食品では、食品衛生法で、食品の製造・加工、保存段階で「放射線を照射してはならない」と原則禁止している。ただし、「特別に定めた場合」はよいと、1972年に発芽防止の目的でジャガイモ(馬鈴薯)に照射することは許可されている。

 「有機」の原則から「原子力」は使わない
 「有機JAS」では、いわゆる“慣行農業”では使用されている化学肥料、化学合成農薬を使用しないことが基本になっている。同様に、遺伝子組み換え技術の使用も有機JAS全般で禁じている(「組換えDNA技術」として定義した上で「組換えDNA技術」の使用を「有機農産物JAS」などそれぞれの有機JASで禁止)。
 有機農業の原則は、自然の摂理に則り、自然生態系を活かし活かされる農業である。近年開発された「ゲノム編修技術」は遺伝子工学/遺伝子操作技術であるとして禁止すべきであり、そして「原子力」の農業利用として開発された放射線育種と食品照射は共に使用しない、とするのがスジだろう。


 EU有機規則で明確に禁止
 海外をみると、EUでは、2018年に有機生産等の規則を改定し(2022年施行)、「放射線の使用禁止」も強化して、第5条の「一般原則」及び第9条「一般生産規則」に明記した。
 そして、種苗(品種)についても、「電離放射線」の使用の禁止を次のように明記している。
「電離放射線、動物のクローン作成、人工的に誘導された倍数体動物または遺伝子操作生物(「GMO」)、および GMO からまたは GMO によって生産された製品の使用は、有機生産の概念および有機製品に対する消費者の認識と相容れない。したがって、そのようなものの使用は有機生産では禁止されるべきである。」


 アメリカでも有機の原則で禁止
 アメリカの場合は、原則を述べた総説で、「遺伝子工学、電離放射線、下水汚泥の使用は禁止されている。」と謳っている。これは、全米有機生産法(1990年)に基づく有機の生産基準を施行に移す前、1997年頃に連邦農務省が行ったパブリックコメントの結果が反映されたものである。当時、使用され始めたばかりの電子メールで20万件以上の意見の大半が、提案された「これらを禁止しない」とした原案に反対するものだったとして有名な話だ。
 アメリカの有機生産基準は日本同様、「放射線育種」禁止の明記はないが、具体的には製造・加工・保存段階での「食品照射」技術の使用を禁止している。


 食べものへの放射線利用は認められない
 「放射線育種」も「食品照射」も、「原子力の平和利用」(1953年演説)の一環の農業利用として開発が始まった。放射線育種は、長い農耕/農業の文化のなかで行われてきた交配・交雑による品種改良(育種)とは次元の異なる技術である。特に、近年のイオンビームを利用した放射線育種は、従来のガンマ線照射によるものにも増して、質的にも技術的にも自然の摂理からかけ離れた技術である。
 生命の根幹である遺伝子を破壊することで本来有する形質を改変する育種技術は、有機JASでも一般食品でも認められない。

                             久保田裕子

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