重イオンビームという粒子を高速でタネにぶつけ、遺伝子の二重鎖を破壊して突然変異を引き起こすことで新品種をつくり出す「品種改良方法」があります。この方法を使ったお米が出てくるということをOKシードプロジェクトは2023年春に知り、この方法はまるで「ゲノム編集」じゃないか、ということで、この問題について、関わり始めました。
国の研究機関、農研機構はこの方法でコシヒカリの遺伝子の一部を破壊して、カドミウムを吸収しにくくした「コシヒカリ環1号」を開発し、秋田県は「コシヒカリ環1号」を親にして「あきたこまちR」を開発し、昨年から秋田県の「あきたこまち」はほとんどが「あきたこまちR」となっています。
カドミウムを摂取し過ぎると腎臓を痛め、イタイイタイ病の原因となります。日本では戦争のための鉱山乱開発によって、日本の各地でこのカドミウム汚染は残っています。この問題に対して、農水省は、土壌の汚染除去には関心が低く、農作物がカドミウムを吸収しない品種を作ることで対応策としたのです。そこで登場したのが重イオンビームでカドミウムの吸収に関わる遺伝子を損なわせた品種です。しかし、その遺伝子操作によって、同時に生物の成長に必要なマンガンも十分吸収できない品種となりました。
ガンマ線放射線育種と重イオンビーム
この重イオンビーム育種(育種とは品種改良のこと)による品種が問題になっても「放射線育種など昔からやっていたこと。だから問題ない」などという反応がありました。ガンマ線を植物に照射し、突然変異を引き起こす放射線育種は確かに第二次世界大戦直後から世界で始まっています。日本のお米でもレイメイという品種が作られ、それを親に多数の品種が作られているのは事実です。
しかし、ガンマ線放射線育種が長く行われたからと言って、重イオンビームも問題ない、と言えるでしょうか? ガンマ線と重イオンビームはまったく性質を異にするものです。どちらも核の技術だということは共通しますが、その効果は大きく異なります。
ガンマ線の場合は人が浴びたら死んでしまうほどの強い放射線を植物に当て、その結果、植物の半数近くは枯死してしまいますが、生き残ったものの中に有用な突然変異が生じることがあるとされます。しかし、その場合でも植物の遺伝子の二重鎖が直接、ガンマ線によって断ち切られることは稀といいます。ガンマ線を照射すると、植物の細胞内で活性酸素が作られ、その活性酸素が細胞内に作用して、突然変異を引き起こします。ですので、ガンマ線による放射線育種とは直接遺伝子に作用するよりも、間接的な効果によって突然変異が引き起こす方法だと言えるでしょう。
これに対して、重イオンビームは加速器を使って粒子を一点に集中させ、ビーム状に放出するものです。そのためガンマ線に比べて1点にかかる圧力は最大1万倍もの違いがあると言われます¹。重イオンビームは直接、遺伝子の二重鎖を破壊します。これは「ゲノム編集」と同様の効果を持つ技術ということになります。
ガンマ線による放射線育種は世界各地で行われましたが、その効率はとても低く、また放射線照射施設の維持は費用もかかり、施設の老朽化と共に、世界ではすでにほとんど終わりました。日本はそれでも長く続けてきましたが、2022年度に育種向けのガンマ線照射は終わっています。
これに対して、重イオンビーム技術そのものは数十年前から存在していましたが、それを使った品種改良は世界でもあまり例がありません。現在、世界でこの技術に力を入れているのは日本だけだと考えられます²。
「ゲノム編集」食品は政府への届け出が任意ですが、必要であるのに対して、ガンマ線や重イオンビームの場合はそれすら必要とされておらず、当然、食品表示もされません。世界では「ゲノム編集」食品に表示せよ、という声が高まっていますが、もし「ゲノム編集」の代わりに重イオンビームを使えば、ほぼ同じことが実現できて、しかも表示も不要ということになれば、重イオンビーム育種が「ゲノム編集」食品の抜け穴に使われてしまう可能性があります。
ガンマ線放射線育種ならばいいのか?
ガンマ線育種は人びとが問題に気付く前にすでに普及していました。それでも終わってしまった技術なので、新規に出てくることはないので、いずれなくなるものだとも言えます。それならば、ガンマ線放射線育種品種は問題ないと言えるのでしょうか?
放射線を使うといっても、いわゆる放射線照射食品(農作物が作られてから芽や発酵を止めたりするために放射線を照射した食品)は日本では今、作られていません。この放射線育種とは放射線照射食品とは違い、種苗の品種改良の段階で、放射線を使って突然変異を引き起こさせるものです。
しかし、世界ではこのガンマ線放射線育種品種も有機農産物扱いから排除されるべきだという議論があります。まずまっ先に参照されるべきは世界に有機基準を作らせるきっかけを作った国際有機農業運動連盟(IFOAM Organics International)の規定です。IFOAMは有機農業で使われる種苗は人為的な突然変異技術を使わない有機生産されたものであることを求めています。
IFOAMだけではありません。ここでは米国の全米有機規格理事会(National Organic Standard Board、NOSB)での議論をじっくり見てみたいと思います。
米国は放射線育種をどう見ている?
本来の有機農業ではタネから有機で育てられたものを使わなければなりません。つまり有機農業で使えるタネは有機種苗である必要があります。米国でもこの原則はあるのですが、十分、有機種苗が普及していないため、やむをえない場合、有機でない種苗を使うことも例外として許されています。
その中には放射線育種などによって作られた人為的突然変異育種(誘発突然変異育種、Induced Mutagenesis[IM])も含まれています。米国のNOSBでは近年、このIM品種について、議論が活発に行われています(IM品種には放射線育種や化学物質によって遺伝子を変異させるEMSなどの手法が含まれます)。2024年秋に開かれた会議では以下のようなことが議論されました。
「2024年秋の会議における誘導突然変異(IM)に関する予備的な議論で、NOSBは、除外される方法の定義は“自然条件下では不可能な結果ではなく、自然条件下では不可能な手段を指す”と強調した。これは、米国の有機システムに対する基本的なアプローチと一致する」
つまり、放射線育種は自然条件下では不可能な手段を使った育種方法であるため、有機農産物からは除外されるべき、という考えが示されています(使われるガンマ線は人の致死量を超えるものですので、自然放射線と同一視できません)。さらに、
「2024年秋、誘導突然変異誘発に関する最初の議論文書が提出され、有機農業の関係者から思慮深いフィードバックが寄せられた。多くのコメント提供者は、植物材料を有毒化学物質や放射線に曝露することは有機農業の原則に反することに同意した」³
つまり米国NOSBにおいても有機農業の原則に照らせば、ガンマ線放射線育種も有機農産物認証の対象から除外すべきものと認識されていることになります。それでは米国NOSBは放射線育種を有機基準から除外し、その使用を禁止したでしょうか? 2024年以来、その協議は続いており、昨年11月に開かれた理事会でも結論が出ず、2026年1月に開かれた会議でも、継続討議になっています。というのも、放射線育種品種を禁止するためには、それに代わる代替品を提供し、認証機関が対応することが求められます。しかし、現在、そのような品種は表示もなく流通しており、NOSBが一方的に禁止してしまうと、認証団体や農家の現場が混乱してしまう可能性があることを理由に禁止に難を示す意見がNOSB内に存在しており、禁止という判断が下せていないのです。
そのため、現段階ではNOSBは放射線育種などのIM品種を排除すべきだと認識するが、まだそのための制度作りが整っていない、として長い時間をかけて検討を続けているのが現状なのです。
しかし、放射線育種品種は排除されるべきものであるということに全体の合意が存在していることは注目すべきでしょう。そして、NOSBの文書は以下のように記しています。
「長期的には、有機栽培種子の使用が増えれば、IM由来の品種は有機栽培生産から段階的に廃止されるだろう」
つまり、放射線育種などのIM由来の品種は有機種苗制度ができる前に規制なしに普及してしまったため、現在、米国では排除することが難しい。でも有機種苗生産が増えて、その使用が当たり前になっていけば、実質的に排除されるだろう、と見ていることがわかります。
ここで言うIM品種の中の放射線育種品種はガンマ線によるものだと考えられます。というのも重イオンビームによる育種品種は日本以外ではほとんど作られていないからです。ヨーロッパはもちろん、米国ですらもガンマ線放射線育種品種ですら、有機農産物からは排除されるべきだと考えられているわけです。しかし米国では市場に出回ってしまったのですぐには排除できない、ということで現在は仕方なく許容はするが、将来的には排除すべきだと捉えられており、Cornucopia研究所など多くの市民団体が禁止すべきという姿勢を明らかにしています⁴。
作用のマイルドなガンマ線放射線育種品種であっても禁止すべきだと言われているわけです。それよりもさらに強い作用の重イオンビーム育種品種は当然許容されるとは考えられません。ガンマ線と異なり、重イオンビームは地上の自然界の中には存在しませんし、米国では重イオンビーム育種品種はまだ流通していないと思われるため、重イオンビーム育種品種は当然、有機農産物として認証する対象からは当然入らないと考えられます。
残念なことですが、日本では「放射線育種品種はもう既成事実になってしまっているのだから、有機農産物として認めて問題ない」と考えてしまう人が多いようです。でも、既成事実にだから仕方ないという姿勢を米国でも取っていないことには注目すべきでしょう。有機規格とは、あくまで有機農業の原則に立ち返り、それがふさわしいものかどうかで判断されなければならないもののはずです。日本での議論はどこか原則を忘れたものになりがちであり、そんなことでは将来の有機規格はおかしなものになってしまいます。肝心な原則を忘れてしまえば、その原則は意義を失ってしまいます。米国で長期間にわたり放射線育種を含むIM品種について集中した討議が続いていることを考えれば、日本でも真剣にこの問題を考える必要があるように思えてなりません。
問題ある農水省の姿勢
日本の農水省はガンマ線放射線育種はもちろん、重イオンビーム育種品種ですらも有機農産物として認めることに問題はない、という見解を表明しています⁵。米国での議論を見れば、この農水省の判断には大きな違和感を感じます。農水省はそう判断する根拠として、コーデックス有機ガイドラインにおいて、具体的に禁止されていないから使用することは許されるとしています。
しかし、コーデックス有機ガイドラインは有機農業の原則に照らして、放射線育種についても遺伝子操作/組換生物として禁止対象にしていると見なければなりません⁶。また世界ではまだほとんど使われていない重イオンビームについてコーデックス有機ガイドラインに言及がないのはむしろ当たり前です。農水省としては、本来は有機農業の原則、つまり生態系の循環を重視する農業のあり方という原則から、それが適正なのかを判断することを基本としなければならないはずなのに、もし、コーデックス有機ガイドラインに書かれていないからいいというのであれば、今後登場する新たなどんな技術であっても、有機農産物扱いできることになってしまいかねません。
有機基準は国際的なものであり、日本だけ特異な見解を持つということは避けなければならないはずです。そうしなければ「日本の有機は信用できない」さらには日本食の信用を落としてしまいかねません。この農水省の判断は国際的にも大きな混乱をもたらすでしょう。ですので、OKシードプロジェクトでは何回も農水省と交渉を持ち、その見解の撤回を求めてきました。しかし、農水省からは、態度を変更しようとする姿勢が見えてきません。
国際対話へ
もし、みなさんが「学校給食を有機に」と活動して、それが実現できても、もし給食に使われるお米が重イオンビームで遺伝子を改変したものであるとしたら、どうでしょうか? 国際基準では有機ではないが、国内ルールで有機だとして納得しなければならないとしたら納得できるでしょうか。またこの農水省の判断は有機米を輸出する業者にとっても、海外の消費者の信頼を失う深刻な問題を引き起こすでしょう。
この間、OKシードプロジェクトはIFOAMの一部門でタネの問題に取り組むIFOAM Seed Platformというプロジェクトで、この問題について議論を重ねてきました。その結果として、世界のIFOAMから農水省の見解に問題があることを指摘する公開書簡が送られることになりました⁷。
2月27日にはIFOAM Seed Platformの代表を務めるDavid Gouldさんにも参加いただき、その成果を「あきたこまちR」をめぐる国際対話というオンラインイベントで共有することになりました。
このイベントは無料です。会議では同時通訳が付きますので、Zoomを使える方であれば誰でも参加が可能です。学校給食の有機化に関心のある方、お米のあり方に関心ある方、「あきたこまちR」が気になる方、ぜひご参加ください。
開催日|2026年2月27日 (金) 9:30~12:30(日本時間)
主 催|(特非) IFOAMジャパン
共 催|IFOAM – Organics International
協 力| OKシードプロジェクト、(一社)オーガニックフォーラムジャパン、(特非)全国
有機農業推進協議会、オーガニック学校給食フォーラム実行委員会、(特非)日本有機農業研究会
申し込みページ|https://ifoam-japan0227.peatix.com/
注
1. Applications of Ion Accelerator
2. 国際原子力機関(IAEA)のMutant Variety Database(突然変異育種品種データベース)に登録されている重イオンビーム育種品種と思われる品種の数は26。中国が6品種あるが、最後の登録は1998年で、それ以降の登録はなく、それ以外は日本、マレーシア、バングラデシュ。マレーシアとバングラデシュは日本の核の国際協力プログラムであるアジア原子力協力フォーラム(FNCA)を通じて実現し、日本で重イオンビーム照射が行われたものであると考えられるので、残りの20品種は日本で行われているものと考えられます。
3. National Organic Standards Board Materials Subcommittee Discussion Document Induced Mutagenesis Fall 2025
4. NOSB Oral Comments, Spring 2023, by the Cornucopia Institute
5. OKシードプロジェクトが農水省との交渉をした時に農水省の担当者が口頭にて説明。なお、2024 年 7 月 1 日の有機 JAS 告示の改定に合わせて、有機 JAS 等の「Q&A」を改訂し、その中で問 10-10 を新設し、従来からのガンマ線使用と重イオンビーム使用の放射線育種の区別なく、放射線育種由来の品種の種苗を有機 JAS 認証してもよいと容認した「見解」を公表しています。有機農産物、有機加工食品、有機畜産物及び有機飼料のJASのQ&A
6. コーデックス有機ガイドラインでは、「第一章 適用の範囲」で、「1.5 遺伝子操作/遺伝子組換生物(GEO/ GMO)により生産された全ての原料又は製品は、(栽培、生産又は加工のいずれについても)有機生産の原則に適合しないため、本ガイドラインの下では使用が認められない」として、有機生産及び認証の適用外であるとしています。さらに、「第二章 解説と定義」においては、「有機生産の原則に適合しない」という理由は、「遺伝子操作/遺伝子組換生物、また、それらに由来する製品は、交配又は自然な組換えによって自然に生じることのない方法で遺伝物質を変化させる」と述べて、具体的な技術として、組換え DNA 技術、遺伝子の欠失等を例示しています。ここでの「遺伝子操作/遺伝子組換生物、また、それらに由来する製品」は狭義の遺伝子組み換え作物に限らず、自然に生じることのない方法で遺伝物質を変化させた突然変異育種方法にも適用されるものです。NOSBでの議論もその線に沿って議論されていることを確認すべきでしょう。コーデックス有機ガイドライン
7. OKシードプロジェクト プレスリリース:国際有機農業運動連盟が農林水産大臣宛に公開書簡で勧告






