2026年7月17日、種苗に関する2法案が成立しました。「重要品種の育成及びその種苗の生産の振興に関する法案」(以下、重要品種育成生産法)と「種苗法の一部を改正する法律案」(以下、種苗法改正法案)です。この2法は日本のタネのあり方を根本から変えてしまう可能性があります。
今後、以下のようなことが起きる可能性が指摘されます。
- 公的種苗事業の民営化と民間企業下請け化
- ゲノム編集、重イオンビーム(中性子線)、AI育種などの技術が主軸に
- 多国籍企業にタネが握られる
それぞれについて検証していきたいと思います。
公的種苗事業の下請け化
この重要品種育成生産法は、国の指針に応じた新品種開発計画を提出した種苗開発者の中から、重要品種育成事業者を認定し、その事業者に農研機構(政府の農業研究機関)育種データベースの利用や品種登録料の減免などの優遇措置を与えて新品種を開発させ、さらに、その種苗の量産まで支援するものです。ここで言う「事業者」には、地方自治体もはいりますが、その中心を担うと考えられるのは民間企業です。というのも、この法律では対象とする品種を広域で活用されるものに限定しています。広域とは県をまたぐ地域を対象としたものですが、地方自治体にとって種苗事業の目的は行政区内の農業振興であり、また行政区を越えて販売する手段も持ちません。そもそも地方自治体にとっては広域の品種開発は不向きなのです。
国から重要品種育成事業者と認定されると、その事業体は新品種を開発する上で、国からいくつもの優遇措置を得て、新品種開発を行うことができます。もっともこの新法が持つ意味はそれに留まりません。今回の法律はその開発した種苗量産普及方法にも関わるものです。これは特に民間企業にとって大きなメリットがあります。というのも民間企業にとって最大の難関は、開発した新品種の種苗をいかに広げることができるかあるからです。
お米の品種においては地方自治体による公的種苗事業によるものがほとんどを占めており、民間企業が占めるシェアは数パーセントにも達していない状況にあります。そんな中、住友化学は開発した新品種つくばSDシリーズの生産を5年で55倍に拡大させる計画を2015年に公表しました。しかし、その計画は数年で消えました。また、三井化学はみつひかりの種籾販売で種苗法に違反していたことが告発され、稲種苗事業から撤退してしまいました。
稲の種籾の量産には原原種・原種・種籾の生産に何年もかかり、その間は利潤を生み出しません(右図参照)。そして、地方自治体が作る数々の優秀な品種の種籾が比較的安く提供されており、住友化学や三井化学のような巨大企業にとっても、そこに割り込むのは容易ではなかったということがわかります。
そこで、この新法は新品種の開発だけでなく、その種苗の生産と振興までも手掛けるものになっています。その種苗生産方法として、まずこの法律で導入されるのが植物工場です。自然から隔離したコンクリートの建物で植物工場を作り、開発した種苗をそこで量産するのです。本来、農地をコンクリートで覆って植物工場を作ることは許されていないのですが、この新法では、農地法の特例規定を設けて、農地に植物工場が作れるようにしました。
またこの法は地方自治体に「都道府県基本計画」を作らせ、タネの生産と普及を計画的に行うとしています。しかし、この計画は民間企業が作成し、地方自治体に提案できることになっているのです。この基本計画が具体的にどのようなものになるのか詳細は明らかにはなっていませんが、旧種子法下の種子計画を前提に考えると、地方自治体は、その地域での奨励品種や産地品種銘柄を決定し、その種苗の生産・検査体制を組んでいくことになります。販売は主に農協(JA)などの役割となりますが、その連携も基本計画を作る上で前提となるでしょう。
旧種子法下の種子計画では多くの場合、地方自治体の農業試験場で原原種、原種が生産され、JAなどを通じて、地方自治体と取り決めを結んだ採種農家が、一般農家のための種籾の生産を担ってきました。もし、民間企業がこの計画を作る場合、自らが開発した品種を奨励品種にしようとするでしょうし、その品種の量産計画が含まれるでしょう。その際、種苗は自社の植物工場で量産するかもしれませんし、あるいは、地方自治体の農業試験場を使い、またJA傘下の採種組合の農家を種籾生産に動員し、JAなどによる種苗の販売体制とも連携させるのではないでしょうか。
民間企業が計画を作って地方自治体に提案したとしても、最終的に地方自治体の判断で採否が決まることにはなりますが、民間企業の作成した計画を地方自治体が却下するのは容易ではなくなると思われます。というのも、国が認定した事業者が作った計画ですので、その計画の背後には国の存在があります。予算を出すのは国であり、その計画を地方自治体の側で却下すれば地方自治体は予算が確保できなくなるかもしれないからです。
これまで種子法下において、地方自治体は種子計画を作り、地域のJA、流通企業、生協などの参加の下にその地域に適した種子を協議の上で決めていました。それは地方自治体での独自の取り組みでした。しかし、種子法がなくなり、この新法ができたことで、今後、この種子計画は都道府県基本計画にとって代わられる可能性が高いと考えられます。新法の基本計画は国の重点支援予算や交付金と強く結びつくため、予算獲得のために自治体の独自の種子計画が骨抜きにされ、国や民間企業の意向を強く受ける計画に地方自治体の公共種苗事業が吸収されていく可能性が高いのです。
そして、民間企業が作った計画に沿って、地方自治体はその種苗の量産に関わるだけでなく、JAなどと連携して、その品種を地域で普及させる役割をも担うことになるでしょう。地方自治体と契約するJAもその種苗生産や種苗販売に動員されることになるかもしれません。
これまでコシヒカリやササニシキなど、日本を代表する稲の品種は地方自治体が開発してきました。しかし、それを支えていた種子計画が都道府県基本計画によって上書きされてしまえば、地方自治体は民間企業の種苗の生産と利用拡大のための下請けにされ、民間企業の種苗へと変わっていってしまいます。
多国籍企業が地方自治を乗っ取る
この仕組みの中では、地域の中小種苗企業が活躍する可能性は低いでしょう。なぜなら革新的新品種開発技術を駆使して、広域に種苗を売る力のある企業となると、日本では極少数の大種苗企業か、あるいは政府や大資本の支援を受けたスタートアップ企業に限られるからです。そして、この仕組みで一番利益を得るのは、日本企業ではないかもしれません。
日本政府は1998年にUPOV1991年条約を批准しました。この条約は外国企業であっても内国民待遇をすることが義務付けられています。多国籍企業が認定事業者として参入することを制限するのは制度的に困難です。
もっとも、多国籍企業は日本の種子市場に関心を持たないのではないか、という疑問も沸くかもしれません。日本国内の種子市場は小さい上に、北から南まで優れた多様な品種がせめぎあっているので、多国籍企業は積極的に日本に進出する姿勢をこれまで取ってきませんでした。モンサントは、2002年にラウンドアップ耐性遺伝子組み換え稲の開発が市民の反対の声の前に中止せざるをえなくなって以降、従来の品種改良方法で開発した「とねのめぐみ」を品種登録したものの、事業は広がらず、すぐに放棄してしまっています。
しかし、今回、同時に成立した改正種苗法では、日本の種苗輸出が大きな眼目となっています。世界的にもトップクラスの日本の育種データを利用して新品種を開発することができて、しかもその種苗の市場は広い世界、ということになれば、多国籍企業が黙っていないでしょう。
遺伝子操作品種を広げるテコに
新品種開発方法として主軸となるのは、いわゆる「ゲノム編集」などの新ゲノム技術(遺伝子操作技術)やAI育種となり、日本が世界に誇った従来の品種改良技術は捨て去られ、日本は貴重な技術を失うことになりかねません。
そして、遺伝子操作品種の栽培も、地方自治体の首長がその品種を奨励品種に指定してしまえば、農家が拒否することが困難になる事態が生まれます。
グローバルな競合を強いられる農家
今後、日本の農家はどうなるでしょうか? 広域で使われるタネばかりになれば、農家はそれを栽培する広域の農家との競合を余儀なくされます。その結果、離農を余儀なくされる農家や、打撃を受ける地域も出てくるでしょう。今でも多くの農家が離農する危機的状況の中、日本政府が大きな予算を投じるのは、そんな農家に力を与えるタネではなく、少数の企業だけが儲けることができるタネです。少数の種子企業が儲かる一方、農家はさらなる窮状に追い込まれ、日本は食料危機にまっしぐらとなってしまいます。
何をすべきか?
種子法廃止の時に私たちが懸念していたことが、この2法案の成立によって実現しようとしています。
もっとも、これらの変化がすぐに起これば、社会的問題になっていくでしょう。しかし、これらの変化は時間がかかることが予想されます。そのような変化はマスコミも報道しないので、人びとも気が付くことなく、進行してしまう可能性があります。
気が付いた時には変わってしまっていた、ということでは遅すぎます。そこで今、何をすべきか、書いておきます。
農家の決定権が重要
まずは地方自治体での公的種苗事業をどうしていくか、という問題です。以前は地方自治体による公的種苗事業がなくなって、民間企業に移行するのではないか、とも懸念されました。だから、その地方自治体の公的種苗事業をしっかり守ってくれ、という声が日本全国各地から上げられました。しかし、地方自治体が民間企業の下請けにされることが進行してしまえば、公的種苗事業を守れ、というだけでは、その声は逆に民間企業の独占に利用されてしまいかねません。問題なのは事業の中身だからです。
旧種子法や同法に依拠する各地の種子条例は基本的に国や地方自治体の責任を明記したものですが、その権限は地方自治体の首長が握っています。新たな都道府県基本計画においても、基本的には首長の裁量によるものとなるでしょう。このような制度においては、農家の種子の決定権(どんな種子を選び、どのような農法を用いるか)は保障されません。そのことは秋田県による「あきたこまち」の「あきたこまちR」への全量転換のケースを見れば明らかです。
秋田県では県の7割以上のシェアを誇る「あきたこまち」を、重イオンビームによって一部を欠損させた遺伝子を持つ「あきたこまちR」へと2025年から全量を切り替えてしまいました。従来の「あきたこまち」を育てたいという農家も、やむをえず「あきたこまちR」を栽培せざるをえない状況に追い込まれています(現時点ではタネの確保から販売まで全部手掛けることができる農家だけが従来の「あきたこまち」を栽培できています)。
秋田県も種子条例を持ち、その種子条例に従って「あきたこまちR」への全量転換が決められました。前秋田県知事の決定によって、秋田県の農家には従来の「あきたこまち」の種籾は提供されなくなってしまったのです。
国連食料・農業植物遺伝資源条約(ITPGR)においても国連小農および地方で働く人びとの権利宣言(UNDROP)においても、農家のタネを選ぶ権利を行政は尊重しなければならないとされていますが、秋田県のこの状況は秋田県農家の種子主権を踏みにじるものです。
これに加えて、今回の新法によって民間企業の種苗まで押しつけられる可能性が出てきました(「あきたこまち」も「あきたこまちR」もどちらも秋田県による品種)。実際に地方の首長が決定して、その体制が組まれた場合、JAから種苗を買う農家は地方自治体が決めた品種の中から選ぶしかなくなります。秋田県で従来の「あきたこまち」を栽培し続けることには大きな困難がつきまとうことを見れば明らかなように、タネが実質的に強制されてしまう可能性があります。
ですから、この都道府県基本計画の策定において、農家の決定権(種子主権)を地方自治体が尊重するように関連する条例や要綱を変える必要があります。つまり、今後、作られる都道府県基本計画において、その決定に際し、農家の意向が反映されるような仕組み作りが不可欠になるということです。
地方自治の公共性を守る
地方自治体の施設については地方自治体が決めることであるので、今回の重要品種育成生産法には書かれていません。具体的には都道府県基本計画次第になることでしょう。
しかし、この都道府県基本計画は民間企業も作成できるとなっているため、地方自治体の施設や機能を民間企業の営利目的のために使われてしまい、地方自治体の公共性が損なわれる可能性があります。これを防ぐためには、そうした民間企業への協力について、地方自治体としてガイドラインを作る必要があります。
当然ながら、地方自治体で使われる品種の決定やその施設の利用に関して、地域の農家はその基本計画作成の上で発言権が確保されるべきですし、さらには消費者の声も反映した計画にしていく必要があります。
地方自治を守るためにも、地域の農家・人びとが参加する中で都道府県基本計画が作られるような制度作りが不可欠になります。これは新法ができてしまった今、急務です。全国の地方自治体で取り組む必要があります。
地域のタネこそが解決策
もう一つ、これとは別なアプローチになりますが、今、日本で公的政策の中で、まったく手づかずになっていることに、在来種などの地域のタネを守る政策があります。世界ではこの30年近くの間に、この分野は大きく進展しました。しかし、日本ではまったく手づかず状態が続いています。その例をまずイタリアに見てみたいと思います。
イタリアのトスカーナ州は1997年に「在来遺伝資源の保護に関する州法」を制定しました。この州法はトスカーナ州で重要な在来品種のタネを採種する農家に州が財政支援を行い、そのタネを州で活かすものです。平野部の少ないトスカーナ州では小規模農家が伝統的に独自の在来種のタネを育ててきました。地域に合った在来種は化学肥料や農薬がなくてもよく育ち、誰もが自家増殖可能で、その地域固有の在来種のタネは、その地域の料理に他の地域にない特徴を与えます。
しかし、通常、そのようなタネを手間をかけて採ったとしても、農家の収入につながりません。市場では安い価格の種子がたくさんあるからです。そのため、生産する人が減っていました。でも、州政府がその在来種の種子増殖をする農家の所得を保障したことで、在来種のタネがトスカーナ地方に十分確保することができました。その結果、在来種の生産が増え、その食材を活かした料理を提供するレストランも増加しました。トスカーナ州では単なる観光ではなく、伝統的な食文化に触れるガストロノミーツーリズムが盛んになり、多くの観光客が訪れました。こうして在来種のタネは、トスカーナ州の地域経済にも大きく貢献することになりました。この成功はあっという間にイタリアの14州に広がり、イタリア政府も2015年にこの州法に基づく法律を作るに至ります。
イタリアと日本はとてもよく似ています。中山間地が多く、農家の規模も小さいですが、イタリアの農家には大きな強みがあります。その地域にしかないタネを彼ら自身が持っており、世界はそのユニークな農作物に高い価値を与えているからです。

イタリアのような成功例は世界の流れになりつつあります。フランスでも2016年「生物多様性回復法」が生まれ、在来種の活用が進められています。そして、韓国でも、地方自治体が在来種保護条例を定め、学校給食などに在来種の農産物が活用されています。タネは食文化と密接にあります。そして、その食文化の復興は地域経済にも大きな影響を与えることができます。
農家と地域を守るタネの地域協議会を!
世界で起きているような農民のタネ、地域のタネこそが、農家と地域を守ります。そして、それは日本でも可能です。
もっとも、条例を作ったり、学校給食を変えることが容易ではない地域も存在するでしょう。でも、地域のタネを守る活動をすることは可能です。地域で種採りをする農家と連絡を取ったり、在来種を活かした料理を作る人を探したり、そうした人たちがつながって動くことはまず重要な一歩となるでしょう。
もし、そうした人たちによって地域でタネを守る組合を作ることができれば、地域のタネを活かす仕組みを構築することが可能になるでしょう。個々の組合を超えて、その行政区のタネに関わる人たちが集まって、地域のタネに関する協議会を結成することができて、その活動が広がれば、条例を作るのは見えてくるはずです。
まずはそうした組合、あるいはグループを作り、その活動を消費者も支援して、地方自治体を巻き込んで、学校給食にそうした農作物を生かすような仕組みができれば、より安定して種子農家の所得を保障し、地域の農家も守れる道が開かれるはずです。
地域のタネは地域の農家と農村の存続を可能にして、自由で安全な食の基盤となるはずです。そのタネなしに日本の食や農の未来は切り拓くことはできません。そのような動きを全国各地で作っていきましょう。
文責:印鑰 智哉(いんやく ともや、OKシードプロジェクト事務局長)






